June 13, 2004

大浦みずき『バック・ステージDIARY』小学館 2002年 他

イラストレーターの阿部マリー(真理子)さんに誘われて、大浦みずきさんの舞台生活30周年記念「dream by dream」を見てきました。大浦みずきさんを初めて見たのは83年の宝塚花組公演「メイフラワー」。同じ年にバウシアターでやった「アンダーライン」という小さな作品も見ました。探偵レナード・バレル役があまりにカッコよく、気がつけばムラ(宝塚大劇場)にまで足しげく通うようなファンになっていたのです。彼女の本名はなつめさん。虜になった僕は、なつめにちなんだペンネームまでつくってしまいました(「仁王立ち倶楽部」になつめひろみ名義でダンス批評を連載していたのは、私で〜す)。
さて、公演はというと、まずしょっぱなから宝塚時代のメドレー。なつめファンには号泣ものの憎い企画です。得意のタンゴはさらに磨きがかかりやはりダンスはこの人しかいないと妙に納得してみたり。最近の舞台から、特に「レミゼラブル」から二曲を歌い会場を魅了しました。とにかく全編なつめさんの歌と踊りがてんこもり。往年のファンにはたまらない夢の一夜になりました。阿部マリーさんのはからいで楽屋にお邪魔し、僕は握手をさせてもらっちゃいました。もう一生右手は手洗わないぞ。
終演後、阿部さんの友人でいらっしゃるエッセイストの阿川佐和子さんたちも一緒になって、楽しくなつめさんの話をしました。阿川さんは、なんとナッチー(なつめさん)とおんなじ小学校の同級生だったんですって。
というわけで、今日はなつめさんのエッセイとご尊父でいらっしゃる坂田寛夫さんが宝塚の創始者小林一三の生涯を綴った『わが小林一三』を紹介しましょう。一目でおわかりのように、『バック・ステージDIARY』の表紙は阿部マリーさんのイラスト。挿し絵もすべて彼女が担当。とても楽しい日記風のエッセイ集です。酒田寛夫『わが小林一三』(河出書房新社、1983年)の方は、財界人としてはきわめて個性的な存在であった小林一三の、とりわけ少女歌劇という世界に類のない芸能を生みだした心性にスポットを当てた評伝。

バックステージ
わが小林一三

バック・ステージDIARY

わが小林一三―清く正しく美しく

cauliflower at 11:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書籍 

June 06, 2004

『エピステーメーII 0号』第2期 1984年 朝日出版社 ほか

いったん終刊したのですが、1984年に『エピステーメー』は復刊しました。といっても、4号で再び長い眠りに入るのですが。この第2期というのが、また世の常識を破壊するメガトン級の危険物でした。読者に媚びないおもねない、というか「読めるなら読んで見ろ」と読者を恫喝するエディトリアルデザインでカリスマ的人気を獲得した戸田ツトムさんと鈴木一誌さんも、この第2期の『エピステーメー』の杉浦康平さんからみれば、ひよっこ同然でしょう。杉浦さんは「読めるなら読んで見ろ」とは決して言いません。ただ、「あなたはこれが読めなければいけない」と諭すのです。受苦、パッション、忍従を強いるデザイン。その意味で、『GS』より、第2期『エピステーメー』はよりフランス現代思想的(!)でした。ところで、ここに並んでいる2冊は?、じつは、この三冊とも編集長が同じ人なのです。中野幹隆さん。知る人ぞ知る名編集者。今は、哲学書房の代表でもあります。中野さんの辣腕ぶりは夙に知られていますが、なんといってもすごいのは、現代思想=難解というイメージを紙面にそのまま反映させたことにあります。現代思想なんてホントはあきれるほど分かりやすいものなんですが、中野さんが杉浦さんや鈴木さんにデザインを頼んだばかりに、現代思想が理解不能なものになってしまったのです。現代思想は難しいんじゃなくて、単にデザインがすごすぎて読めない、ただそれだけのことだったんです。今、現代思想離れが深刻です。この凋落ぶり、中野さんのせいだとは言いませんが、もう少し普通の、常識の、当たり前の文字組みで読者に提供してくれていれば、こんな状況にはならなかったと思うんですがねぇ。
左より『エピステーメーII 0号』第2期 1984年 朝日出版社、『季刊パイディア』第11号(AD=杉浦康平) 1972年 竹内書店、『季刊 哲学』創刊準備号 1987年 哲学書房(AD=鈴木一誌)

エピス第2期パイディア
季刊哲学


cauliflower at 18:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マガジン 

June 05, 2004

『エピステーメー』創刊準備号 1975年 朝日出版社

『エピステーメー』は、フランス現代思想オタクのコレクターズアイテムといっていいでしょう。ミッシェル・フーコー/白井健三郎訳「エピステーメーとアルケオロジー」、蓮實重彦「ディスクールの廃虚と分身」の2本の論文が収められた本誌には、次号(創刊号)より始まる連載が奥ゆかしく、しかし自信たっぷりに紹介されています。呉茂一「古典へのチチェローネ」、小尾信爾「進化する宇宙」、氷上英廣「ニーチェの気流圏」、渡辺格「人間の終焉」、グスタフ・ルネ・ホッケ/種村季弘訳「絶望と確信」、荒井献ほか訳「ヘルメス文書」、廣松渉「マルクス・エンゲルスの思想圏」。そして記念すべき創刊号の特集は「記号+レクチュール」。フランス現代思想の専門誌というよりは、大森荘蔵さんがビックバンを起した雑誌として僕の中では長く記憶されることになるのです。『エピステーメー』のもう一つの特徴は、杉浦康平さんのグラフィックデザインがやっぱり大爆発を起したことでしょう。すでにこの準備号からしてすごかったのですから。ご覧のように、全て左側のページにはテキスト、右側には○×△□の有名な女性像が裁ち落としで載り、しかもペラペラまんがのように大から小へ大きさを変えながら、反時計回りに移動していくというものでした。全ページ見せられないのが本当に残念です。古書店で見つけたらぜひぱらぱらとめくってみて下さい。でも、間違ってもこのグラフィックはなんのため? なんて思っちゃダメですよ。

『エピステーメー』創刊準備号 1975 朝日出版社
圧倒的に無意味なページネーションが炸裂します。

エピス創刊
エピス中
エピス中2


cauliflower at 16:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マガジン 

June 04, 2004

moe.『Warts and All volume one』2001年

すでに2度も来日してたなんて。まったくうかつでした。phishと双璧をなすロック系ジャムバンドmoe.。phishが下地をつくり、フジロック02でストリング・チーズ・インシデントが火をつけたジャムバンド・ブーム。今年いよいよmoe.がフジロック04のField of Heavenに登場します。今後ジャムバンドはジャンルを越えたムーブメントになっていくことは間違いないでしよう。その中心的役割を担うはずのバンドこそmoe.だと思います。カントリーやブルーグラス、ジャズにレゲエが溶け込んだミクスチャーミュージックという点では、あまたあるジャムバンドと変わりありませんが、moe.にはサザンロックという図太い芯が一本通っています。それが、ほかのジャムバンドと一線を画すところです。ツインリードギターに独特のうねりのあるサウンド。粘ばりのあるドライブ感は、ちょっぴりオールマンブラザーズバンドを彷彿させます。そういえば、デュアン・オールマンに声色もちょっぴり似ていたりして。『Warts and All volume one』は、2001年4月23日にペンシルバニア州スクラントン・カルチャー・センターでのライブ録音。3枚組。ラストにラモーンズの「I wanna be sedated」をやっていますが、これってシャレなの? ところで、Warts and Allとは直訳すると「イボまで見せます」。つまり、「何から何までご開陳!!」という意味だそうです。
moe.
moe.『Warts and All volume one』2001年

Warts and All, Vol. 1

cauliflower at 23:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ジャムバンド 

May 29, 2004

『PRESS 東京おとなクラブ増刊』東京おとなクラブ 1984

中森明夫さんが編集していた『東京おとなクラブ』の増刊号。ページを開くと、ババーンといきなりこんな見出しが飛びだしてきます。「浅田彰、フライングパイレーツに乗る」。「アッキラくん、あそびましょ」という感じで始まるこの記事、要するに、アッキラくんこと浅田彰さんを豊島園に誘い出して、フライングパイレーツにのっけてインタビューするという企画なんですね。アッキラくんはジェットコースターは高度資本主義的だけれど、フライングパイレーツは封建主義的な遊びでつまらないです、なんてちゃんとそれらしいコメントを述べてお茶を濁してますし、ほんとこの時代の気分がよ〜くあらわれています。しかも、ソフトクリームをなめているアッキラくんのスナップ写真付き。でも、この雑誌の白眉はなんといっても戸川純さんの特集。ちょうど「玉姫様」が発売されて、新人類世代(死語の死語)のハートをがっちり掴んで、ノリノリ(死語の死語のさらに死語)の頃でしたから、その記事が目に入って思わず買ってしまったんでしょう。中森さんのインタビューがじつに気が利いていて面白いのですが、新宿の母票原すみ子(ママ)が戸川純さんの手形を見て将来を占うというコラムがあったりカットは丸尾末広だったりと、編集もいいとこ狙ってます。(注…票原すみ子は栗原すみ子の誤植か、それともウソ?)ほかには、今は和光大学の先生になってしまった野々村文宏さんや朝日新聞で書評もやってる山崎浩一さんなどが寄稿。執筆陣はなかなかゴーカですが、なんと岡崎きょうこ(ママ)が8コマまんがを描いているというのは特筆ものですね。
というわけで、『裏玉姫 戸川純とヤプーズ』カセットテープ版(YEN/アルファレコード)も一緒に紹介しましょう。84年2月19日ラフォーレミュージアム原宿でのライブを収録したもの。この「玉姫様」は最高にいいですよ。
PRESS.jpg
『裏玉姫 戸川純とヤプーズ』カセットテープ版(YEN/アルファレコード)
裏玉姫.jpg

cauliflower at 23:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マガジン 

May 28, 2004

『山口昌男山脈』no.4  国書刊行会 2004

山口昌男先生にお会いしました。じつに17年ぶりです。前にお会いした時は、丸一日東京を移動しつつのインタビューでした。新宿で待ちあわせて、市ケ谷へ移動し、○万円の講演会をタダで聴講し、再び地下鉄を乗り継いで渋谷へ。センター街の鰻屋で大ジョッキのお代わりをした時には、すでに日はとっぷりと暮れていましたっけ。挨拶代わりに、その話をしたのですが、先生はすっかり忘れておられました。ご病気をされてからは、訪ねてくるものは誰構わず「知の迷宮巡り」に引っ張り出すということはさすがになくなったようですが、「血(知)の巡り」のよさはあいかわらずです。楽しい時間を過ごさせていただきました。帰りがけに『山口昌男山脈』の話をしましたら、奥さんが最新号が出たのよと一冊持ってきてくれました。これは『内田魯庵山脈』にならった山口先生の個人誌です。そういうつもりで言ったわけではなかったのですが、ちゃっかり頂戴しちゃいました。
『山口昌男山脈』で思い出したのですが、no.1に収録されている「寺山修司の挑発力」という鼎談で、その昔『地下演劇』という雑誌で山口先生が芥正彦さんと対談をしたと話しています。この芥さんという人は、じつはとんでもない怪人で、ある時座談会に参加するのですが、終始他の参加者の話を無視して一人でずっとしゃべり続けていたというのです。編集をした榎本了壱さんが困ってしまい、結局ページを上下に分けて上段で座談会、下段で芥さんのモノローグという二元放送でまとめたと。なるほど、そういう手があったのか。僕も時々とんでもない座談会をまとめることになって、煩悶することがあるのですが、今度からこの手を使おうと思いました。
さて、右がその『地下演劇』。このno.4、ついに丸ごと一冊芥正彦さんのモノローグでつくってしまった問題作。640ページという分厚さに文字数が100万字以上(あんまりびっしり入っているので数えられません)入っています。芥さんの雑誌じゃないのに(寺山さんの雑誌)、芥さんの個人誌にしちゃったわけです。なるほどこんな手もあったのか。今で言えば芥正彦造山運動!!

『山口昌男山脈』no.4  国書刊行会 2004
『地下演劇no.4 ホモフィクタス』地下演劇社 1971

山口昌男
ホモフィクタス
山口昌男山脈〈No.4〉

cauliflower at 00:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書籍 

May 12, 2004

『畠山直哉 NAOYA HATAKEYAMA』淡交社 2002

都市に内包された自然に内包された都市に内包された自然=都市(自然(都市(自然))) このウロボロス的な都市と自然の入れ子状況を、シャープにかつクールな視線で捕獲し続けているフォトグラファーが畠山直哉さんです。はじめて「等高線」の牛の写真を見た時に、「こりゃ、TADAO ANDOの牛じゃあ!!」と思わず声を上げて笑ってしまいました。そこに佇む牛の肌理がコンクリート打ちっぱなしのようで、まるでビルディングのようだったからです。それ以来、畠山直哉さんの仕事は常に僕を驚かせます。「ライム・ワークス」の工場はラップランドの森のようですし、「ライム・ヒルズ」の採石場は、2025年の品川駅のようです。「アンダーグラウンド」の下水道は、ニューロンのようですし、「スローグラス」は、クオンタムジャンプのようです。畠山さんの手にかかると、自然は人工物に、人工物は自然に、レンズを透過したとたんに、世界が逆立ちしてしまうのです。自ら暗箱そのものとして生き直している畠山さんと、幸運にも一度海外に行ったことがあります。ドイツの「エムシャーパーク」プロジェクトの取材でした。すでに閉山してから何十年もたった大規模工場地帯を、産業的自然風景として再生保存しようというそのプロジェクトを、撮影できるのは畠山さんをおいていないと思ったからです。そして、予感はズバリ的中。彼のカメラは、みごとに錆びた鋼鉄が植物に変成し繁茂する21世紀の都市の近未来を写し取ったのでした。「インダストリアル・ネイチャー」というタイトルで、『City&Life』という雑誌に発表しました。右はその記事。ツォルフェアアイン第12立坑公園事業のシンボル的存在「採炭施設」。左は2002年、郷里の岩手県で開催された回顧展に合わせて編まれた写真集。
ちなみに畠山直哉さんは1997年に第22回木村伊兵衛賞を受賞。

畠山直哉
エッセン
畠山直哉

cauliflower at 00:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ヴィジュアル 

May 05, 2004

ROVO『Tonic2001』2002年

今年も行ってきました「MAN DRIVE TRANCE SPECIAL vol.2」。5月5日日比谷野音、つまり今日です。日本中が晴天なのに、関東のみ雨という予報。お願い降らないで!とつくったてるてる坊主が55個、みごとお役目を果たしてくれました。ゲストの一組バッファロー・ドーターの演奏の時にちょっと小雨がぱらついたくらい。あとは雨量0で、持っていったカッパの出番はわずか5分5秒。寒かったのはしかたないとしても、とにかく濡れ鼠で踊ることにはならなかったのですから上出来でしょう。
エマーソン北村もGAMA(木管楽器ディジュリドゥと打ち込みを一人でこなすトライブ系、はじめて見たけどすごかった)もよかったけれど、やはりなんといってもROVO。今日は、最初から新曲ですっ飛ばしました。途中、あれっ、いつからラウンジ系に?! なんてのもあって、ちょっと驚かされたり。でも、ハイテンションな演奏はあいかわらずです。後半戦に入るといつもと同じ調子。もう僕らの足腰は止まってられません。気がつくと完全に踊り狂っていました。本当は今日は満月で、それを想定してのライティング。残念ながら、月は雲の隙間からも覗いてくれませんでしたが、満足のいくパフォーマンスでした。さて、「日比谷野音ライブ」はすでに紹介ずみ。そこで、今回はNYでのライブ版にしました。ROVOのライブはどれも甲乙つけがたいいいものばかり。でも、僕はこのNYのがけっこう気に入ってます。なんか、音の空気が違うんですね。それに、なぜかすごく自由奔放に演奏しているんですよ。
Tonic
ROVO『Tonic2001』2002年
Tonic 2001

cauliflower at 00:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0) クラブミュージック 

May 04, 2004

菊池成孔『Degustation A Jazz』 2004年

料理界を喫驚させたスペインの天才シェフ、フェラン・アドリア・アコスタさんが先月末に来日し、その仰天テクニックを余すところなく披露されました。あいにくチケットは満員御礼のために入手できず。しかたなく、そのデモンストレーションの様子は後日、料理研究科・海豪うるるさんのレポートから知ることになりました。例の「エアー」と名付けられた泡の料理を、今回は「抹茶のエアー」と称してエビに添えられたそうです。また、おなじみの注射器を使用してつくる「偽キャビア」。メロンのピューレをキャビアの間に詰め、パッションフルーツのソースをかけて出来あがり。そんな、フェラン・アドリアのアイデアと機知に溢れたびっくり料理が、これでもかこれでもかと本人の実技付きで紹介されたのだそうです。あ〜ほんとうに残念。もうこうなったら、カタルニアの彼のレストラン「エル・ブリ」に行くっきゃないですね。そして、その味に心底翻弄されましょうか。
さて、フェラン・アドリアさんを一躍世界一有名な料理人にしたのが、「デギュスタシオン」でした。彼は、それまで誰も試みたことのない料理(のプレゼンテーション)を食卓上に展開したのです。なんと一口大の料理、62皿で完結するコースをお客さんに提供するというもの。厨房の中に客席を設けるとか、50席しかないのに55人もスタッフがいるとか話題には事欠かない「エル・ブリ」ですが、さすがにこの新趣向のフレンチに世間は度肝を抜かれました。
で、菊池成孔さんの新譜。成ちゃんはあえてジャズアルパムをつくるにあたって、このフェラン・アドリアのアイデアをちゃっかり拝借したのでした。モダンにフリーにクラブ系……、さまざまなスタイルの作品が全部で41曲。一口大の曲ばかりなので、どれもちょっと喰い足りない感じ。でも、その残り香を堪能するまもなく、次の味(音)が誘惑します。まさにそれは、あの「エル・ブリ」の試食(デギュスタシオン)的コースそのものといえましょう。そこでお願い。今度は成ちゃんの考えるスウィーツを食べさせてくださいまし。もちろん、ラス・メイヤーばりの「食紅てんこ盛り」ではないものですよ。
degustation a jazz.jpg
菊池成孔『Degustation A Jazz』 2004年
Degustation a Jazz
Chansons extraites(de Degustation a Jazz)

cauliflower at 17:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ジャズ 

April 21, 2004

『DECODE』Premiere Edition東邦出版 1982年

見せられないのが残念ですが、ガンダレ仕様の表紙裏にいきなりディヴァインのポートレイトがサイン入りで載っているこの雑誌、なんだかわかりますか。たった1号で世の中から消えてしまった、ニューウェーヴでラディカルで超ポップなオカルトマガジンなのです。トビラのリードにはこう書かれていました。「文化価値を定位させることなく加速し続けることの宿命……その中に現代文化の原理的中核としてのオカルト衝動が伏在する。(…)それら霊的ボルテージは、現代文化の最も先鋭化されたカルチャー・ニューウェイヴの中に検証可能である。いや、少なくとも現代文化に伏在するオカルト衝動とは、規格化された文化価値の中にエンコードされた情報から、デコード(解読)へという能動的な掛け橋を提起しているのである」。今見ると、Webがまだ軍事用のインフラでしかなかった80年代の初頭に、ペーパーメデイアでサイトを立ち上げたという感じ。執筆陣には、阿基米得、武田洋一、浅井雅志、美沢真之助、法水金太郎といったアングラ、オカルト系のライターにまじって、四方田犬彦も「皮膚・汚辱・恐怖」なんていうおぞましいエッセイを寄稿しています。また、ロットリンガーのジャック・スミスへのインタビューという、ヒップこのうえない記事まである! しかし、なんといっても、この雑誌のフィクサーはといえば、あの武邑光裕なのですね。G・I・グルジェフのオタクは、絶対持っていなければいけない一冊でしょう。
DECODE

『DECODE』Premiere Edition東邦出版 1982年

cauliflower at 00:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マガジン 

April 12, 2004

『ドラキュラ』創刊号 新樹書房 1973年

じつは、『月下の一群』が創刊された経緯は、この季刊『ドラキュラ』が創刊と同時にあっけなく休刊になってしまったからです。つまり、『月下の一群』は『ドラキュラ』の文字どおりの復活劇だったのです。そもそも編集後記に「出来ることならば、これを読物(マガジン)とせず、闇一門の武芸帳として、腰にぶらさげ、照る日曇る日、「会」の血風をあおられんことを願います」と唐十郎が書いたからいけないんですよ。きっと読者は本気にしてしまって、もはや雑誌の時代ではないと、早とちりしてしまったに違いありません。
それはさておき、この表紙はどうですか。『月下の一群』とは比較にならない迫力でしょう。ファンならハハーンときますよね、そうです中村宏画伯のイラストレーションなんです。セーラー服と機関車、あまりにベタな取りあわせ。でも、好きですよ、僕は。コンテンツには、「特集 血をあびるダンディズム」とあり、足立正生の「最新約聖書 ネゲブ砂漠の神」、若松孝二の「カンコクれぽーと 日本流血列島の記」という連載、「東亜の快楽構造をめぐって 姫か少年か!?」唐十郎と沼正三による対談が掲載されています。また、赤瀬川源平と南伸宏の「充血鬼マラキュラ」という傑作も。30年もたったので、そろそろ棺桶から三度目の復活をなさってもいいんではないでしょうか。
ドラキュラ
『ドラキュラ』創刊号 新樹書房 1973年

cauliflower at 20:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マガジン 

『月下の一群』創刊号 海潮社 1976年

『血と薔薇』でピエール・モリニエの名前を知ってしばらくたってから、四谷シモンがやはりモリニエを敬愛していることを知りました。「つつしみぶかさのないことについて」と題された写真構成によるページに「ピエール・モリニエの方へ」というサブタイトルをつけて発表していたのを偶然発見したからです。その雑誌こそ、唐十郎編集による3号雑誌『月下の一群』でした。もっとも、3号すら発行できずに休刊してしまいましたが。
さて、創刊号の特集は「人形 魔性の肌」。澁澤龍彦と唐十郎による往復書間「下降の水路をたどるゴンドラ」、赤瀬川源平の「肉天体の原理」という二つの意味深長な文章が掲載されていました。その後僕が責任編集をすることになるミニコミ誌『アルンハイムの地所』は、「死は旅であり、旅は死である」というバシュラールの言葉に導かれて、夢としての冥界を彷徨うというものでしたが、この二つの文章から強い霊感を受けたものでした。
巻末には長編戯曲「下町ホフマン」が載っています。そういえば、この芝居を下北沢の本多劇場予定地(!)の赤テントで見たことを今思い出しました。
月下の一群
『月下の一群』創刊号 海潮社 1976年

cauliflower at 01:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マガジン 

April 11, 2004

『血と薔薇』創刊号 1968年 天声出版

昨年『血と薔薇』が、3冊セットで復原(復刻)されました。じつに四半世紀ぶりの快挙です。しかし、僕のは正真正銘68年発行のオリジナルです。定価は1000円、IBM6133と奥付にあります。どれもかなり傷みがひどいのですがちゃんと3冊持ってます。実際には3号でいったん休刊になり、その後4号として復刊されました。これは題名こそ同じですが、似て非なるものなので持っていません。
なぜ僕がこの雑誌を買ったのかというと、「男の死」という特集のグラビアに惹きつけられたからでした。「聖セバスチャンの殉死」と題された三島由紀夫をモデルに篠山紀信の撮り下ろした作品。また、「サルダナパルスの死」は、本誌編集長の澁澤龍彦自らがモデルになって、奈良原一高が撮り下ろした作品。さらには、唐十郎、土方巽、三田明がモデルで、深瀬昌久、早崎治、細江英公が撮り下ろした作品も収められています。なんとも豪華でしょう。もちろん豪華なのはグラビアだけではありません。特集が他に、「吸血鬼」「苦痛と快楽」「オナニー機械」と4つもあって、澁澤龍彦はもちろんのこと、稲垣足穂、埴谷雄高、種村季弘、塚本邦雄、加藤郁呼、植草甚一というビッグネームが執筆者に名を連ねているのです。当時ほとんど知られていなかった、ピエール・モリニエやクロヴィス・トゥルイユなんていう画家を紹介したのもおそらく本誌が最初だったと思います。
血と薔薇
『血と薔薇』創刊号 1968年 天声出版

cauliflower at 00:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マガジン 

April 03, 2004

Anode/Cathode『punkanachrock』ピナコテカレコード 1977?

Anode/Cathodeといっても、大友良英さんのCDではありません。1975年からアメリカ西海岸で謎のギグを続けていたグループと同封されていたチラシには書かれていました。これは、そのギグを録音したテープを偶然に譲り受け、レコード化したのだそうです。果たしてその音はというと、サイキックtvをもっとノイジーに、パンキッシュにしたようなエレクトロです。でも、そんな演奏よりまず目を引くのはこのジャケット。なんといったって三角形ですから(スキャナの関係で角が一箇所欠けてしまいましたが…)。さらに仰天してしまうことは、彼らのレコードのほかに、おまけと称して天地真理のシングル「恋人たちの港」がそっくり1枚入っていたことです。東京ロッカーズの時代、アンダーグラウンドで活動するグループのレコードを次々にディストリビュートした日本のインディーズレーベルの草分け的存在ピナコテカレコード。その中でも『punkanachrock』はひときわストレンジな1枚でした。ちなみに、レコードの表には「立体お姫さま」裏には「中華人民動物園」というやっぱり謎だらけの文字が記されています。
Anode/Cathode
天地真理
Anode/Cathode『punkanachrock』ピナコテカレコード 1977?

cauliflower at 23:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) テクノ 

April 02, 2004

ピエール・クロソウスキー『かくも不吉な欲望』現代思潮社 1977年

ニーチェの『悦ばしき知識』論に始まり、「…われわれのあいだで性交と呼ばれるものは、神々における存在の明白化への必然的な参加にほかならない」という「ニーチェと多神教とパロディ」で終わる、ニーチェ的永遠回帰を身に纏ったクロソウスキーの論文集。なんといってもこのタイトルがいいですね。「光に対する みじめな者どもの かくも不吉な欲望は何なのか?」というヴェルギリウス『アエネーイス』第六巻からの引用。身体の内奥から込み上げてくる、痛ましくも悦楽に痺れる霊的な欲望。それ自体が表現されているようで、一度でもそれを口に出すともう忘却することはできなくなります。腐りつつある肉体が、新たな光を求めて天上界へと昇ろうとする時、魂は純化されるといいます。おお、ここにあるのは、自己腐敗へと緩慢に移行する時の「暴力性」が光速で降りかかる陽光と一瞬にして交わす魂の性交! なんと優美で下劣な行為よ。
かくも不吉な
ピエール・クロソウスキー『かくも不吉な欲望』現代思潮社 1977年
かくも不吉な欲望

cauliflower at 12:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書籍 

March 31, 2004

ONJQ『ONJQ LIVE』2002年

大友良英さんの演奏を初めて見たのは今はなき六本木ロマニッシュカフェでのギグ。ハイナー・ゲッペルス、デビット・モスとの共演で、大友さんはターンテーブリストとして、むちゃくちゃエッジの効いたパフォーマンスを演じていました。96年11月25日のことです。この日は、巻上公一さんもボイスの即興で参加。もう、すっかりキャバレーボルテールという気分の夜でした。
大友さんは、しかし本領はやはりギタープレイにあります。フリージャズ、音響派、ポストロック、エレクトロ……、と日本のアヴァンギャルド・シーンでは知らない人はいないというフリー・インプロヴァイザーのひとり。いくつものユニットを掛け持ちで活動する大友さんですが、ONJQ(otomo yoshihide's new jazz quintet)はジャズをとりあえずの起点にしながら、新たな解釈を加えつつ脱構築するためにつくられたユニットです。菊池成孔さん(ts)、芳垣安洋さん(ds.tp)、津上研太さん(ss.as)、水谷浩章さん(b)さんとメンバーは超ド級。繰り出される演奏がすごくないわけはありません。ものすごいです。これは果たしてジャズなのか。グルーヴなきグルーヴの怒濤のようなスウィング感。カッコよすぎです。これは、そのONJQのライブ版。エリック・ドルフィーやウェイン・ショーターの曲なんかを取り上げているのですが、僕のいち押しは最後の「Eureka」。ご存知ジム・オルークの曲。これこそ、直球的な音響派の生録り。
ONJQ
ONJQ『ONJQ LIVE』2002年
ONJQ Live

cauliflower at 08:46|PermalinkComments(0)TrackBack(1) post jazz 

March 27, 2004

Pavarotti『Best of Italian songs』1979年

「ごらんなさい、ソレントの海/たくさんの宝が底深く隠されている/世界中を旅した人たちだっていう/こんな美しいところは知らないと」。ナポリターナ(イタリア民謡)の中で、いちばん好きな曲といえば「帰れ、ソレントへ」をおいてありません。僕は、この歌詞に誘われて、気がついたときにはナポリ湾からソレント岬を眺めていました。歌の通りそこはとてもステキなところでした。ナポリ湾に突き出たソレント岬。そこに実在するトラモンタート・ホテルのコマーシャル・ソングとしてつくられたのが「帰れ、ソレントへ」。こうして東洋の小国からひとりの日本人を呼び寄せてしまったのですから、コマーシャルとしても大成功(?)ですね。
ところで、もうすぐルチアーノ・パヴァロッティが来日します。引退公演に向けてのプロジェクトを日本から始めるのだそうです。「ラ・ボエーム」の「冷たい手、私の名はミミ」や「リゴレット」の「女心の歌」や「アンドレア・シェニエ」の「5月の晴れた日のように」を熱唱するのでしょうが、ぜひともナポリターナの名曲「帰れ、ソレントへ」を歌って欲しいものです。このアルバムでは、1曲目に収録されています。ちなみに、最後の15曲目はやはり日本ではおなじみの「オ・ソレ・ミオ」です。
pavarotti
Pavarotti『Best of Italian songs』1979年

cauliflower at 23:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) クラシック 

March 26, 2004

マルグリット・デュラス『アンデスマ氏の午後/辻公園』白水社 1963年

浜崎あゆみのファンの恐ろしいところは、どの歌も常に「私ひとり」に向けられたメッセージだと受け取ってしまうことです。ファンは100万人もいるけれど、どのファンとも、あゆは常に1対1で向かいあっている。つまり、あゆが100万人いるのと同じなのです。ところが、デュラスのファンはというとやっとこさ1000人いるかどうか。でも、ファンの人たちのこころには、同じ一人のデュラスが棲んでいます。デュラスの良さを知ってもらえる友がいることはうれしいけれど、自分だけしか知らない人であってもほしいという、アンビバレントな気持ち。ファン心理というのは、ほんとはこういうものですよね。あゆが100万人いても……、ねぇ。と、これは香山リカさんがある本で書いていたことです。しかし、ほんとうにデュラスのファンって1000人しかいないのか? 
デュラスとの最初の出会いは、『モデラート・カンタービレ』でした。ご存知のようにこれは、後に映画化されましたが(『雨のしのび逢い』)図書館で借りてきて、かなりベケットがはいっているぞと思ったものです。もちろんだからこそデュラスを好きになったわけですが。さて、『アンデスマ氏の午後/辻公園』も、やっぱりベケットが入ってます。それも、かなりてんこ盛り。とにもかくにも対話、対話、対話。対話がどこまでも続いていき、語り続けながらプツリと終わってしまいます。「アンデスマ氏の午後」も、「辻公園」も。いったいこれから、どう展開するのだろうか、と期待を抱かせておきながら、最後はプツリ。これって、普通の小説の技法ではないですよね。でも、それこそがデュラスの、いや同時代のヌーヴォ・ロマンに共通する小説世界でした。今、こういう小説を面白いと思う人は、さて1000人もいるのでしょうか。
アンデスマ氏
マルグリット・デュラス『アンデスマ氏の午後/辻公園』白水社 1963年

cauliflower at 08:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書籍 

March 21, 2004

Youssou N'dour『The Lion』1989年

もう先週のことです。U-23が3大会連続のオリンピック出場権を手にしました。やはり勝つのはうれしい。ぜひ、ギリシアでもその実力を存分に発揮してもらいたいものです。そこで提案。誰かカッコイイ応援歌をつくってくれませんか。合唱するだけで、かならず得点が入ってしまうような、勝利を呼び込む幸運の応援歌を。それをみんなで合唱して、こんどは優勝といきましょう。
『The Lion』の1曲目「The Lion/ガインデ」こそ、そうした勝利のためにつくられた楽曲です。ガインデとは、ウォロフ語でライオンの意味。サッカーのセネガル代表のチーム名でもあります。ユッスーはセネガル人の誇りを百獣の王ライオンに託して、この曲をつくりました。とにかく、スピード感があって、ビートがあって、太っといのなんの。カッコよすぎです。この曲を聞いているだけで、負ける気がしなくなりますから。日本代表のために、そんな「ガインデ」のような応援歌を、誰かつくって!!
ユッスー
Youssou N'dour『The Lion』1989年

cauliflower at 23:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ワールドミュージック 

March 19, 2004

Sade『Lovers rock』2000

アート・アンサンブル・オブ・シカゴの来日公演のパンフレットのADだった萩原誠さんは、さまざまなジャンルの音楽を聞いていました。そんな彼が「今までにないソウル・ミュージックだぜ」と教えてくれたのがシャーデーでした。僕らは、当時、宣伝会議(今の会社に身売りする前の)が発行していた『コピーパワー』という雑誌の別冊『FILE』の編集を手伝っていました。そのミュージック欄で、萩原さんはしきりにシャーデーのアルバムを取り上げないかと編集長にアピールしていたようですが、JAZZしか聞かない彼の耳には、まるで馬耳東風。それでしかたなく、僕をオルグろうとしたのでしょう。でも、『DIAMOND LIFE』も『PROMISE』も、たんなるエロっぽい歌にしか聞こえませんでした。それから15年以上もたったある日の昼下がりのこと。ベランダで読書をしていたら、ラジオから聞き覚えのなる声が聞こえてきました。シャーデーの『Lovers rock』の1曲目「By your side」でした。もはやどこにもエッチな女性のイメージはありません。そこにいるのは、無垢で純粋で、どこまでも気高い大人の女性。ため息のような歌声は、しかし、至福感と安堵感に溢れていました。いっぺんで僕は恋に落ちました。それ以来「By your side」は、僕にとって「愛は突然やって来るもの」であり、「一度も気にもしなかった人に、たった一秒で恋に落ちることがある」ということを証明するラブ・ソングになりました。「Oh when you're cold/I'll be there/Hold you tight to me」ってささやかれたら、もうそれだけで骨抜きです。
ところで、J-WEVEで今になってこの曲がよくかかるのはなぜですか。
シャデー
Sade『Lovers rock』2000

cauliflower at 00:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ソウル 

March 16, 2004

鈴木翁二『少年手帖』望遠鏡社 1982年

鈴木翁二さんのコアなファンだと自認しているそこのあなた。もしかして、この本はお持ち? 持っていないでしょうね、持っているわけがありません。それもそのはず、本書は私の知り合いである雨影志逢さんが、自ら発行者となり出版した超限定品。僕自身、本屋で見たことは一度もないのですから。鈴木翁二さんはこの本を道草の賜物だとあとがきに記しています。イラストに挿し絵、ちょっとしたエッセイ、写真のコラージュや鈴木さん本人による作詞作曲の「ひとさらいの唄」のスコアまで入っています。散歩のつれづれに、スケッチするように記されたいわば精神のいたずら書き。
少年手帳
鈴木翁二『少年手帖』望遠鏡社 1982年

cauliflower at 00:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) コミック 

March 14, 2004

岩井寛(口述)、松岡正剛(構成)『生と死の境界線』講談社 1988

1986年5月22日未明、精神科医・岩井寛さんは55歳の生涯を終えました。ニューロ・エンドクライノーマ(内分泌性)のガンによるものでした。この本は、岩井先生(構成者である松岡さんは、本書で一貫してそう呼んでいます)が永眠される最後の最後まで死と向かい合いつつ、死を受け入れながら、死と対話し続けた、岩井先生本人による口述の記録です。われわれはよく死と闘う、ガンに打ち勝つという言い方をします。しかし、死とは決して闘う相手ではなく、生の延長上にある自分自身にほかならない。ガンにおいてすらそうなのです。それはどんなに悪さをしようが、自らの細胞にはちがいないのです。死は生とともにあるものなのだということを本書を読んで知りました。
それにしてもすさまじい本です。病室で声を失ってなお伝えようとする本人の意思をなんとか言葉にする。意識、記憶が混濁し、ほとんど意味不明な音素に解体した声ならざる声。それを一つの文脈へ配置していく。ほんとうに、ここから後は「死」であるという縁の縁まで、そのぎりぎり寸前まで、二人の対話が続けられるのですから。単なる告白録でもましてや闘病記でもない、「実験書とでもいうべき」ものと松岡さんが述べているように、おそらく世界のどこを見渡しても、類書を見つけ出すことは不可能でしょう。
本書のもうひとつのすごいところは、病態が悪化していく段階ごとに、紙の色が変わっていることです。こんなアイデア誰が思いつくでしょうか。その革新性うんぬんよりも、著者との深い信頼がなければそんなことはやれませんし、やってはいけないことです。しかもその色が桜色から菫色へ、そして桃色へと変わっていくのです。杉浦康平さんだからこそできた仕事だと思います。
岩井寛(口述)、松岡正剛(構成)『生と死の境界線』講談社 1988年

生と死

cauliflower at 09:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書籍 

March 13, 2004

Medesky、Martin and Wood『Last Chance To Dance Trance-Best of 』2000

PHISHとジャムバンド・シーンの双璧をなすのがオルガントリオのMMW。PHISHがグレイトフル・デッドの正当なお世継ぎ(男児)だとすれば、MMWは、デッドとJAZZという異種間交雑によって生まれたハイブリット=養子といったところでしょう。どっちもグルーヴでは負けません。即興性においても差はなく、スキルもどっこいどっこい。でも、PHISHにはあたりまえのロック魂、エンターテイメントへの気遣いといったものは、MMWにはまったくといっていいほどありません。ただひたすらでたらめでフリーキーな「カッコよさ」を追究します。そこがMMWのいちばんの魅力であり、ワンアンドオンリーといわれるゆえんです。このアルバムは、そんなMMWが解釈するジャムバンドの入門編といっていい1枚。たとえば、セロニアス・モンクの曲をレゲエにして、唐突にボブ・マリーの曲をインボルブするなんて離れ業をやってのけます。とにかく跳ねてます。すっ飛んでます。そして、時には暗黒のごとくゴシックな世界へと引っ張り込むことも。芸達者だっ!!
Medesky、Martin and Wood『Last Chance To Dance Trance-Best of 』2000
medsky

cauliflower at 00:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ジャムバンド 

March 12, 2004

四谷シモン『シモンのシモン』イザラ書房 1975年

東京都現代美術館で開催されている「球体関節人形展」に行ってきました。押井守監督『イノセンス』の公開に先駆けて、重要なモチーフになっている「人形」にスポットをあてた展覧会。20人近い作家の人形が170点以上展示されたことは過去に例のないことだそうです。四谷シモンの人形たちも、特別に一部屋与えられていました。ほんとは、ほかの人形なんかどうでもよくて、シモン・ドールを見るのが目的でしたから、この部屋に入った時は、感極まっておもわず嗚咽。とても恥ずかしかった。おやじのすることじゃないですよね。それにしても、ゴスロリが多かった。あの娘たちは、入り口のベルメールの写真も、シモンさえも目に入らなくて、ひたすら恋月姫の残虐、エロス、内臓、奇形ばかりにキャーキャーいって、ばかみたい。
さて、球体人形にちなんで、とっておきの一冊を紹介しましょう。四谷シモンの処女作。詩とエッセイと画集、それと金子國義さんとの対談。とくに画集は、勃起したペニスや女性性器ばかりが描かれていて嗚咽ものです。表紙がレモンイエロー。見るからに鮮やかで、シモンのドイツ少年を彷彿させます。かなりの稀覯本です。
四谷シモン『シモンのシモン』イザラ書房 1975年
シモンのシモン

cauliflower at 01:03|PermalinkComments(0)TrackBack(1) 書籍 

March 09, 2004

Jef Mills『Exhibitionist』2004 CD版

なんでいまさらジェフ・ミルズ? なんて言わないで下さいね。僕にとっては、ミルズはこれ1枚しかないのですから。この人が、宇宙人DJとかゴット・ハンドと呼ばれていることぐらい知っていましたよ。でも、そのプレイもまともに見たことはないし、MIXすら聞いたことがありませんでした。ただ知っていただけなんです、そういうDJがいるってことを。そんで、タワーで試聴をしてみたら、けっこうラテン・フレーバーで、そんなにミニマリズムじゃないし、な〜んだ、ぜんぜんふつうじゃん。ほんとならここでやめるとこなんですが、なぜかカバンに…。これが神の手ってこと?
p.s 万引きはしてません。
Jef Mills『Exhibitionist』2004 CD版
Jef Mills

cauliflower at 23:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) テクノ 

The Pop Group『For how much longer do we torelate mass murder?』1983

「FUJI ROCK FESTIVAL 04」には、往年のニュー・ウェイヴ・グループが大挙してやってきます。そのなかに、あの伝説のThe Pop Groupの名前も。もう、絶対に行くッきゃないっ!! ということになったら、どんなにいいでしょうかねぇ。今年大復活のニュー・ウェイヴ・ムーブメントは、僕たちにあの時代の興奮を再び呼び起こしてくれました。なかでも、The Pop Groupのフリーキーでレッドゾーンぎりぎりのパフォーマンス。現代なら、ほとんど音楽の自爆テロです。観客もろとも爆心地へ連れ出し、レイヴ会場はさながらグラウンド・ゼロに。これを魂の殉教といわずしてなんと称しましょうか。とにかく、The Pop Groupの演奏はすさまじかった。それをこの目で見たい、この耳で聴きたい、この身体でバイブレートしたい。だから、お願いしますね日高さん。
ところで、このセカンドアルパムのタイトルの意味わかりますか。「この先、われわれはどれだけ大量殺人を容認できるか」っていうの。やっぱ、こいつら本気で自爆テロ考えてるよ、ぜったい。
The Pop Group『For how much longer do we torelate mass murder?』1983
pop group

cauliflower at 01:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ロック 

March 06, 2004

フェリックス・ガタリ『カオスモーズ』2004

1992年の1月、ガタリさんと直接お話をする機会がやってきました。ちょうどコミカレの招聘で来日された時です。主催者のはからいで、僕たちが企画したガタリさんの対談が実現したのです。お相手は大澤真幸さん。対談はある広告代理店の会議室で行われました。ガタリさんが部屋に現れた時、たいそう驚きました。なんともステキでオシャレなおじさんだったからです。あとからガタリさんがある有名企業のご子息であることを聞いてようやく納得できました。でもその時は、あの過激で難解なエクリチュールが目の前にいる粋でダンディなおやじの頭と手から生まれたものとはとうてい想像がつきませんでした。それはともかく、対談はとてもアグレッシヴで有益なものになりました。会場を去る間際にガタリさんは大澤さんにこう告げました。「パリに着た時にはどうぞ気楽に連絡をして下さい。われわれの対話を終わらせないためにも」。しかしそれは二度と実現することはありませんでした。ご存知のように、ガタリさんはその年の8月帰らぬ人となったからです。「カオスモーズ」は、その対談の主要なテーマでもありました。カオス(渾沌)とコスモス(宇宙)とオスモーズ(浸透)を一つにした造語。カオスへ向かって身体を開いていくことは、同時に身体というミクロコスモスに、コスモスを内包していくことでもあります。そのクラインの壺のような相互浸透の場が、われわれがめざすべき身体であり社会であると。そして11年後の今年、『カオスモーズ』の翻訳がようやく出版されました。
カオスモーズ

cauliflower at 23:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書籍 

March 05, 2004

Traband『kolotoc』 2000

チェコのクレッツマー(クレヅマー)のバンドTrabandの来日公演に行きました。楽器編成が面白い。バンジョーとクラリネット、それにチューバとユーフォニウムが低音部を支え、トランペットがメロディを奏でます。時折クラリネットからアコーディオンに持ち換えたボーカルがイーディッシュ語やチェコ語で歌うと、ドラムスの刻むメロディはいよいよノリのいいテンポでリズムを刻みます。ポルカとワルツがメロディの基本と物の本には書いてありましたが、なんのなんのそれだけではありません。ルンバや4ビート、ロックに変拍子…、次々にいろいろなリズムが飛び出します。でもなんといってもトランペット。休むことなく吹き続けるのはなんとうら若き女性。ソバージュ髪をなびかせて、時に高らかな時に哀愁たっぷりの音を聴かせます。何曲か聴いているうちにとても懐かしくなりました。なぜかなぁと考えていたら、思い出したのです。いにしえの黒テントの芝居の挿入曲に似ている!! そうです、これってキャバレー音楽だったんですね。ブレヒトにはクルトワイル、黒テントにはクレッツマー。ユダヤとロマを起源に持つこのミクスチャー系音楽こそ、シアトリカル・ミュージックのはしりだったのです。
Traband 『kolotoc』2000
Traband

cauliflower at 22:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ワールドミュージック 

February 29, 2004

エルジェ『ファラオの葉巻』1987年

僕が最初に勤めた会社は、学校図書館を専門とする書店でした。そこの売れ筋商品(書籍)の一つが、タンタンシリーズだったのです。販売員である以上商品知識が必要です。学校の先生にタンタンがどんなに面白い本なのか説明しなくてはなりません。ところが、はずかしながらそれまでその存在すら知りませんでした。それで、次々と刊行されたタンタンシリーズをむさぼり読むうちに、すっかりハマってしまったのです。
タンタンシリーズは、ニッカボッカーをはいた少年記者タンタンがミルゥ(翻訳ではスノーウィ)と一緒に世界各地をかけ巡る冒険物語。タンタンが訪れる地域は、南アメリカや中国や砂漠地帯といったどちらかというと世界の周辺部にあたる場所。僕自身そういうところが大好きなので、読んでいる時はすっかりタンタンになった気分です。『ファラオの葉巻』はカイロとエジプトの砂漠が舞台。残念ながらまだ行ったことがありません。僕の手元にも突然謎のパピルスが飛んできて……、そんな夢想にふけるおやじがいてもいいですよね。ちなみに、うちの愛犬の名前はミルゥといいます。
エルジェ『ファラオの葉巻』1987年
ファラオの葉巻

cauliflower at 18:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) コミック 

February 28, 2004

Iva bittova『river of milk』1991年

昨日はクレッツマー関連だったので、今日はチェコ関連で1枚紹介しましょう。イヴァ・ビドヴァは、ロマの父とモラヴィア人の母をもつチェコ生まれのインプロヴァイザー(即興音楽家)。劇団の人気女優であった彼女は、しだいにヴォイス・パフォーマンスやナマの身体表現の世界へ踏み込んでいきました。そして出会ったのが弦楽器。不協和音やピチカートを多用するヴァイオリンやヴィオラの演奏は、ヴォイスと歌がまじりあってなんともいえない音楽空間を作り出します。チェコ民謡、シャンソン、クラシック、ジャズ、ロック、彼女には音楽のジャンル分けなどまったく意味をなしません。とにかく変幻自在。それをたった一人でやってのけてしまうのですから。確か91年だったと思いますが、渋谷のイベントホールで来日公演をやりました。幸運にも直前に友人から知らされて、その即興演奏に立ち会うことができました。ワンピース姿でヴァイオリンを弾く彼女を見て、この人はやっぱり女優さんだと思ったことをよく覚えています。
Iva bittova『river of milk』
iva bittova

cauliflower at 23:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 現代音楽 

February 27, 2004

Klezmatics『rhythm+jews』1991など 

Trabandが来日します。クレッツマーを演奏するチェコのバンド。楽しみにしていたら、なんと友人が関係者で、渋谷エッグマンのコンサート・チケットをいただけることになったのです。さらにうれしいことに、Bondage Fruitなどで活躍する超アヴァンギャルド・ギター奏者鬼怒無月さんのユニットWerehouseとの共演。もう、感激!! 3月5日を指折り数えて待ちましょう。
そもそもクレッツマーとは何かというと、東欧、バルカンに移り住んだユダヤ人が現地の音楽を自分流にアレンジして取り込んだ一種のミクスチャー・ミュージックです。ポルカやワルツをベースにクラリネットやバイオリン、アコーディオンが加わったブラスバンドなのですが、ジプシーやトルコ、アラブの旋律が顔を出したり、なんともボーダレスで楽しい不思議音楽です。それと歌ものにイーディッシュ語が使われていることがポイント。イーディシュ語というのは、古代ドイツ語にディアスポラとしてのユダヤ人のさまざまな文化が入り込んでつくられた言葉。イーディシュ文化は、じつはヨーロッパの歴史の深層部分と深いつながりがあるのです。まぁ、そんなお勉強は専門家にまかせるとして、そのユニークな音楽を楽しみましょう。この2枚は、ボストンとNYで活躍するクレッツマー・バンドのソロアルバム。どちらも、歌ものですが、思わず腰を振りたくなるようなダンス・ミュージックでもあります。
ところで、あるシンポジウム(僕の企画した)で幕間に『rhythm+jews』の一曲をかけたら、パネリストのひとりピーター・バラカンさんが、僕のところにかけよってきて、「これは何?」と激しく反応しました。その後ピーターさんは、自分の番組でクレッツマーをよくかけるようになりましたが、それは僕のコンパイルの影響なんですよっと、ちょっと自慢。
Klezmatics『rhythm+jews』1991
The Klezmer Conservatory Band『Old World Beat』1991
Klezmaticsconserva

cauliflower at 13:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ワールドミュージック