February 26, 2004

福本義裕『殺人者の科学』作品社 1987

「「殺し」は生体機械が生存する上での重要な技術である」という認識に基づいて、「殴る」「締める」「切る」「射つ」「盛る」「仕掛ける」…、と人間の戦闘行動の進化に沿って分類し、懇切丁寧に[殺し方」のいろはを図解したユニークかつアブない本。じつは著者から謹呈していただいたものなんです。というのも、著者の福本さんとは、松濤の秘密結社k舎在籍時代の友人。わずか1年足らずでk舎を脱藩した彼は、当時ビニ本といわれたエロ雑誌の業界でエディター&ライターとして頭角を現し、気がつくとこんな本をつくる偉〜い(?)人になっていたのでした。「対人戦闘行為の系統図」とか「武器進化の系統図」とかやたらとチャートが多いのは、もしかしてブックデザインを担当した戸田ツトムさんのアイデアでは。シルバーメタリックと黒ベタの多用は明らかに武器のメタファーですが、今、こういうことをやったら完全にウキますね。やはり、その意味で内容もさることながら、デザインも80年代だからこそできた本なのかもしれません。ちなみに、現在エロマンガ、オタク評論で大活躍の永山薫さんが、福本義裕さんその人です。
福本義裕『殺人者の科学』作品社 1987
殺人者の科学

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February 25, 2004

『Fine time A TRIBUTE TO new weve』2004

本日発売! できたてホヤホヤのトリビュート・アルバムです。といっても、昨日タワーにいち早く並んでいたのを目ざとく発見、すぐにゲットしてしまいました。以前紹介したように、本作は小野島大さんが企画・監修されたニュー・ウェイヴの2枚組カヴァー・アルバム。17組の日本人アーティストが、思い々のアプローチでニューウェイヴの楽曲に挑戦しています。とりあえず気にいったのはROVOの「We are time(Pop Group)」と岡村靖幸の「Burning down the house(Talking Heads)」とRosaliosの「Papa's got a brand new pig bag(Pig Bag)」。とくにROVOはディスク2の最後を飾るものでこのトランシーな演奏がエンドレスだったらどんなにいいだろうかと思うほどカッコイイ。いずれも、ファンクモードがギンギン。僕ってよっぽどファンクが好きみたいです。1曲1曲アナログ版と聞き比べてみたのですが(たまたま何枚かもっていたので)、オリジナルの方もまったく色あせていなかった。やっぱ、ニュー・ウェイヴ・ルネサンス間違いなしですよ!
『Fine time A TRIBUTE TO new weve』2004
Fine time

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February 19, 2004

デートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン『Structure et Force』2003

「構造と力」、えっ本気っスか!? AAとともにニューアカを生きた人間にとっては、一瞬眼を疑いました。だって言わずとしれたAAのデビュー作と同じタイトルなのですから。しかし、そこはリーダーの菊池成孔。みごとに、そんなおやじの思い入れを軽く吹っ飛ばしてくれました。オリジナルアルバム1枚目の1曲目から開始された、ファンク+ポリリズムの戦闘は、2枚目にあたる今回のアルバムでも、いかんなく発揮されています。まさしく、力強いうねりとなって構造を作り出し、さらには、脱-構造化へと構造そのものを解体させていくのです。総勢14人がおのおの別のリズムで演奏し、なおかつフロアを踊らせてしまう。そんなことがどうして可能なのでしょうか。ニューアカにとって両義的な存在であったラカン。そのラカン派の精神科医十川幸司さんならその秘密を教えてくれるかもしれません。なぜかってそれは……ねえ。
ところで、菊池成孔さんの本『スペインの宇宙食』は、去年下半期のベスト5に入る傑作。この人、ほんとに天才です。
デートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン『Structure』
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February 15, 2004

岡田史子『ガラス玉』サンコミックス 1976年

表現主義(エクスプレッショニズム)マンガというものがあるとすれば、その先駆者はまちがいなく岡田史子嬢だと思っています。意味のないコマは一つもない。岡田さんの作品を評してある評論家はこう言いました。『COM』誌上に発表された作品はどれも、シンボリズムとリリシズムの塊。まんが表現の中に、意味をどれだけ詰め込めるか、そんなことを競っているんじゃないかと思ってしまうほど、作品には「意味」が溢れていました。ある時は「カリガリ博士」、ある時はカフカの「城」。岡田さんは、まんがで純文学(なつかしい!)とアートの両方をやり遂げたのです。
この作品集は買ってしばらくして売ってしまいました。どうしてそんなことをしたのかよくわかりません。とても後悔しました。後悔しつづけること20年、ようやく昨年web系の古本屋で買い戻すことができました。定価の10倍の値段がついていましたけどね。
ちなみに、一番好きな作品は、「ピグマリオン」。赤松愛(なつかしい!)似のアランを僕は密かに愛しています、今でも。
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岡田史子『ガラス玉』サンコミックス 1976年


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February 09, 2004

Audio Active『Spaced Dolls』2000年

ダブはジャンルなのでしょうか。それとも、スタイルなのでしょうか。Audio Activeの演奏を聴いていると、これのどこがレゲエなんだって思っちゃいます。そう、ぜんぜんレゲエじゃありません。だって、最初は10人編成のスカ・バンドだったんですから。ゲェー、それホントっすか? ほんとなんですね、これが。じつは僕も最近知ったんです、『マガジン』で。だからなのかは知りませんが、ファンクでニューウェーブでハウスでテクノでプログレで、いろんな要素が渾然一体となっているのが、なんといってもAudio Activeの魅力。それを最終的にギュッとダビーにまとめあげちゃう。今年もFUJI ROCKのRed Marqueeでお待ちしていま〜す!!
Audio Active『Spaced Dolls』2000年
AudioActive

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February 07, 2004

赤瀬川源平『追放された野次馬』現代評論社 1972年

泰平小僧と馬オジサンによる対談「思想的変質者はいかにして鍛えられたか」という第1章からはじまるこの一冊は、雑誌『ガロ』(もちろん初代の)に仕掛けられた『桜画報』、雑誌『現代の眼』(とっくに廃刊)に仕掛けられた『現代○○考』のコンピレート版。雑誌の一部を乗っ取るというペーパージャックという戦術をあからさまにやってのけたこの二つの劇画連載は、当時の活字メディアを震撼させました。千円札裁判が「虚実皮膜」の表現世界を暴露したとすれば、この二つの劇画は、印刷メディアの「虚々実々」を暴露どころか木っ端みじんに爆破してしまいました。
ところで、今ネット系の古書店でいくらになっているのかとのぞいてみたら、あっと驚く1万円がついていました。じつは『桜画報』も持ってるんですが、こっちはなんと1万5千円! ちなみに、どっちも僕のは新品同様でっせ。
赤瀬川源平『追放された野次馬』現代評論社 1972年
追放された

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February 06, 2004

Orchestra Luna『Orchestra Luna』1974

アートスクールポップシリーズの第3弾として2000年に再発された1枚を、たまたま入ったTSUTAYAで見つけた時には、ほんと狂喜乱舞でした。まさか、こんなのがCDで聞けるなんて思ってもいませんでしたから。TSUTAYAなんて2年に一回も入らないのに、それも百合ヶ丘店。神様のおぼしめしでしょうかねえ。僕がこれを始めてLPで聞いたのは、発売された74年。ミュージカルでシアトリカルで、にもかかわらずアヴァンギャルドなポップサウンドのバンド。そんなのができたらいいよねと友だちの女の子と画策していた時でした。まさに、目指していた音があったんですよ。それが何を隠そうオーケストラ・ルナだったわけです。夢中で聞きまくりましたね。結局たった1枚を残してオーケストラ・ルナは自然消滅。まるで、このジャケットの写真のように、砂漠の蜃気楼のごとく消えてしまいました。
Orchestra Luna『Orchestra Luna』1974
LUNA

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January 31, 2004

KILA『luna park』2004

「サイケデリックプリミティヴトランスグルーヴ炸裂!!」といういささか気後れしそうなキャッチコピーがついています。でも、期待は裏切りませんでしたねぇ。すっかり、彼らの音にハマッてしまいました。とにかくカッコイイ。 アイリッシュ・トラッドをベースに、アフロでファンクでジプシーでアラブでプログレで、おまけに超トランシー。今は昔のワールドミュージック。でも、まだまだ宝は眠っているってことですかね。ちなみに、ROVOのメンバーが最近聴きまくっているそうですよ。
KILA『luna park』2004
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January 30, 2004

小川洋子『博士の愛した数式』新潮社 2003年

『ユリイカ』2月号の表紙裏に僕の編集している雑誌の広告が載りました。当初、昨年秋に出稿する予定でいたのですが、諸般の事情で遅れてしまったのです。しかし、それは僕に大変な幸運をもたらしたのでした。2月号の特集が「小川洋子」だったからです!! 『完璧な病室』が決定的でした。「死に至る病い」好きには、このテーマはたまりません。で、最新刊は記憶が80分しかもたない老数学者と家政婦とルートという息子の「数」が紡ぎだす現代のおとぎ話。「素数」好きには、このテーマはたまりません。
小川洋子『博士の愛した数式』新潮社 2003年
博士

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January 27, 2004

Morton Feldman『For John Cage(1982)』1993

聴こえないものを聴く--モートン・フェルドマンの音楽活動は、その誕生から終わりまで、ずっとそのことだけを追求してきました。静かに、もうずっと以前から、そこに、そっと、置かれていたように、佇む、音、音、音。無いものが在る、いない人がいるような、そんな幽霊の音楽。中でも、70歳のお祝に捧げられた作品「ジョン・ケージのために」は、フェルドマンの傑作中の傑作。高橋アキのピアノと豊嶋泰嗣のバイオリンによる演奏には、次のような注意書きが書かれています。「このCDは弱音のみで演奏されていますので、できるだけ小さな音量でお聴きください」と。
Morton Feldman『For John Cage(1982)』1993
feldman

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January 24, 2004

Helmut Newton『Sleepless Night』Congreve 1978年

今日、夕刊を見て驚きました。ヘルムート・ニュートンが自家用車を発進させた直後壁に激突、強打して死亡とあったからです。享年83歳でした。ニュートンの写真を始めて見たのは、70年代の終わり。友人K君と新雑誌を創刊しようと熱くなっていた時です。現代思想とまんがと写真をごった煮にしたポップカルチャーの雑誌。その表紙にK君はニュートンの写真を使いたいと提案したのです。首に矯正用のギブス、右足に包帯を巻いてつえをついて立っているおかっぱの女性。もちろん裸。ヘアヌードが解禁になっていなかった日本では入手困難な写真集に載った一枚でした。オブセッションの塊のような写真を見たいがために非公式のルートで手に入れたのがこの一冊。結局雑誌発行はとん挫して、写真集だけが手元に残りました。
ヘルムート・ニュートンという写真家は、やはり単なるスケベおやじだということがビンビンに伝わってくる、とてもステキな写真集です。なにはともあれ、合掌。
ヘルムート・ニュートン『Sleepless Night』Congreve 1978年
newton

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January 23, 2004

小林健二『ILEM KENJI KOBAYASHI Works 1990-1993』ギャラリー椿

惑星的郷愁。小林健二さんの作品を見ながらいつも思い浮かぶ言葉です。鉱物と粘菌の、電気と細胞の、黄泉と未来の、限りなき往還。そこには遡るべき記憶はすでに蒸発し、未だ形成されていない楼閣がこのうえない懐かしさをともなって佇んでいるのです。忘れてしまった物質の将来。薄板界の痕跡。
ガレリア・キマイラでの始めての個展「UTENA」を見た時の衝撃。現代美術というジャンルを越えて、もっとずっと普遍的なものに触れたような気がしました。それから、ほどなくして小林さんとお話をする機会がやってきました。想像していた以上にピュアな精神をもってらっしゃる方でした。
この本は、1993年ギャラリー椿での個展「封じられた日々」に合わせてつくられた作品集。小林さんが本を出すと必ずお願いすることがあります。サインをもらうことです。この本にもKenjiKobayashiと一緒に僕の名前も記していただきました。
小林健二『ILEM KENJI KOBAYASHI Works 1990-1993』ギャラリー椿
小林健二

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January 22, 2004

The Velvet Underground & Nico『The Velvet Underground & Nico』1967

ボストンの友人宅で聞いたルー・リード。ぼくらはコークできめていました。「Heloin」はリフレインし続けて終わる気配がありません。時間が遅延するのを始めて経験しました。だって、1分が1時間に、1時間が24時間に感じたのですから。あんなに長い夜(!)を友人たちと過ごしたのも始めてなら、仰向けのままで踊りくるったのも始めてでした。やがて何度めかの朝がやってくると、ステレオからはニコの歌が聞えてきました。もちろん、曲は「Sunday Morning」。なんてドラッギーな青春時代。
The Velvet Underground & Nico『The Velvet Underground & Nico』1967


ベルベット

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January 19, 2004

アレン・ギンズバーグ『ギンズバーグ詩集 吠える』 思潮社1965年

発狂詩人カール・ソロモンに捧げられた詩。というよりも、ほとんど慟哭。なんの飾り気もなく、感情が一直線に身体を貫き、ありったけの言葉をたぐりよせて飛び出してきた、そんな感じ。もちろんリアルタイムでそれを読んだわけではありませんし、ましてやギンズバーグ自身のポエトリー・リーデングに立ち会ったわけでもありません。でも、これを読むと聞こえてくるんですね、ギンズバーグの声が。
92年にメキシコ経由でキューバへ旅行しました。その時なぜだか飛行機の中で「吠える」を読むんだと決めていました。バークレーに行った時も、ベナレスに行った時もそんなことは思わなかったのに。僕にとってのビートニクが、なんでハバナなのか、いまだに自分自身でもわからないのです。でも、やっぱりギンズバーグ!
アレン・ギンズバーグ『ギンズバーグ詩集 吠える』諏訪優訳編 思潮社 1965年
Ginsberg

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January 13, 2004

「ROVO LIVE at 日比谷野音 2003.05.05/Man Drive Trance Special」

03年5月5日。野音のliveに行きました。ちょうど陽が沈みかけた時です。彼らの演奏は始まりました。もうなんといったらいいのでしょう。ビュイサンス(力)のn乗で、媒介なしの永遠回帰……、旋回、勃起、跳躍、そして忘却……。勝井祐二のバイオリンがイオなら山本精一のギターはエウロパ、芳垣安洋のドラムスはカリストか。7人編成で産出する音像は、時に人力トランスとも呼ばれ、聴衆を宇宙へと誘います。この日のライブも、僕らを木星と連れ出しました。ROVOは、まちがいなく日本のオルタナティヴ系トランス・ミュージックの最高峰です。
この日のliveがCD2枚組で発売された時には、ほんと小躍りしましたね。とくにdisc-1の1曲目「Horsess」が最高!
「ROVO LIVE at 日比谷野音 2003.05.05/Man Drive Trance Special」
ROVO

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笠井叡『天使論』現代思潮社 1972年

川崎市岡本太郎美術館で開催されていた「肉体のシュールレアリズム 土方巽抄」の最終日。笠井叡さんがそのフィナーレを飾るために、土方巽の著作『美貌の青空』をタイトルにした公演を行いました。土方さんに剥製の後頭部を持つ舞踏家と称された笠井叡さんは、今もって舞踏を進化させ続けているただ一人のダンサーだと僕は思っています。今日の公演も、そんな笠井さんの舞踏が爆裂したすばらしいものでした。僕が笠井叡さんのダンスを始めて見たのは73年。その舞踏思想に触れたくて手に入れたのが『天使論』でした。「恩寵否定」「肉体の錬金術」「無感動的反復」といったエソテリックな言葉が次々と飛び出してきて、僕の頭の中は爆発寸前の状態になりました。そして、その時から僕は笠井さんの愛の奴隷になったのです。ん?!
笠井叡『天使論』現代思潮社 1972年

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January 11, 2004

スロッビング・グリスル「20ジャズ・ファンク・グレイツ」1979年

音楽評論家の小野島大さんの企画・監修で『UK New Wave Renaissance 2004』のリリースが2月から始まります。イギリス系・ニューウェーブのアルバムが50タイトル以上再発になるそうです。ラインナップを見ましたら、モノクローム・セット、ペイル・ファンテインズ、スクリッティ・ポリッティ、ザ・スリッツとか、僕が好きだったグループがめじろ押し! これらをみんなCDで聞き直せるなんて、もう感謝です。で、ニューウェーブ・ルネサンス元年になりそうな今年、ぼくのいち押しはこれ。際物? そう際物ですが、ニューウェーブそのものが僕にとっては際物のなにものでもないわけで。中心人物ジェネシス・P・オーリッジは、音楽家にしてパフォーマー。ヤバく、エロく、アブナイ彼のアートショーは、今なき「芝浦ゴールド」でも行われ、いわゆる先端好きの文化人たちを魅了しました。このアルバム一見聞きやすいのですが、よく聞いてみると毒と悪意と汚辱に溢れています。これぞ、ニューウェーブの真骨頂といっていいでしょう。ちなみにthrobbing gristleとは、○っ○する×ニ×のこと。
スロッビング・グリスル「20ジャズ・ファンク・グレイツ」1979年


スロピング

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January 10, 2004

宮川淳『紙片と眼差とのあいだに』エディション・エパーヴ 1974年

エディション・エパーヴの本はとてもきれいでした。だから、同じエパーヴ発行の清水徹さんの著作も豊崎光一さんの著作も持っています。みんなこれと同じ装丁。どれも気がついた時にはすでに僕の本棚の一角をしっかり占拠していました。とはいえ、やはり宮川淳さんです。「《表面》について考えながら、たとえば表面とそのさまざまな派生的な表現について、表面、表面的、表面化する……。」という言葉で始まる「ルネ・マグリットの余白に」を始めて読んだ時の衝撃。テキストを読み、解釈し、考えるということがある場面ではまったく無意味だということを、宮川さんのテキストを読み、解釈し、考えることで知ったのです。意味と無意味は背中合わせという事実。有意味という無意味。無意味という有意味。マグリットのパイプこそ、その中間で宙吊りにされている! そういえば、その後しばらく、「……の余白に」というのがマイブームでしたねぇ。
宮川淳『紙片と眼差とのあいだに』エディション・エパーヴ 1974年
宮川

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January 07, 2004

Moby「18」

コーネリアスのremix 「CM2」の8曲目が「We are all more of star」。こっちの方がオリジナルより断然カッコイイ。でも、それじゃやっぱりMobyがかわいそすぎます。で、リスペクトの気持ちを込めてオリジナルアルバム「18」を紹介しましょう。
発売当時、全体にメランコリックだ、あまりに暗すぎる、やはり9・11の影響下か、などとさんざん言われたこのアルバムも、今聞くとむしろチルアウトな感じで、すごく和めます。ルーツミュージックの影響を受けているからでしょうか、ダウン・トゥ・アースな感じさえします。でも、やっぱり全部小山田君に……、ぜんぜんリスペクトしてないじゃないか。
Moby「18」
MOBY

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January 05, 2004

チャールズ・A・ライク『緑色革命』

十数年ぶりにこの本を開いてみてつくづく思いましたね。自分で言うのもなんですが、僕こそ、生粋のカウンター・カルチャー世代の申し子だったなぁと。この本で著者はアメリカで生まれた新しい変革の胎動を「意識III」による精神革命と位置づけました。「意識III」という単語が出てくる箇所には、片っ端から朱の色鉛筆でマーキングしてありました。ほとんど取り憑かれるように「意識III」を目指していた自分がまだそこには生き続けているみたいで、ちょっと恥ずかしい。
チャールズ・A・ライク『緑色革命』早川書房 1970年
緑色

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January 04, 2004

渋さ知らズ「渋旗」

「渋さ知らズ」を聴いたことがありますか。野外ライブで見て昇天、いや仰天しました。
dando-list不破大輔さんが率いる大編成楽団です。ホーンが少ない時でも10人以上、ボーカルが5人以上、ギター、ベース、キーボード、ドラムス、パーカッションは常に2人以上、バイオリンとかその他の楽器が数人、さらにダンサーが常時5、6人、時には10以上になることもしばしば。ある時は全員でユニゾン、ある時は全員が勝手気ままにフリージャズ、ある時はクラブミュージックばりばりのトランス……、しかし最後は、きまってカタストロフで大団円に。それを延々数時間にわたって演奏しまくるのです。とにかくそのパフォーマンスは半端じゃありません。毎年4月1日にかならず演奏する決まりになっているので、興味のある方はぜひそのすさまじいライブを体験してみて下さい。
「渋旗」は、01年のライブレコーディングを音源にした、渋さ知らズ2枚目のアルバム。マンガ家で友人の久住昌之くんがライナーノーツを書いています。
渋さ

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January 03, 2004

現代思潮社版『稲垣足穂大全』全6巻 1970年

稲垣足穂との出会い。それは僕にとってまさに僥倖ともいえる出来事でした。宇宙と実存、抽象と幾何学、宗教とセックス、そして、少年と機械。それらがクラインの壺のごとく連関しあいながら一つの観念世界を形成する。あらゆる物質は等しく一切が折り畳まれた状態としてそこにそのように存在する。既にして物質とは存在学的な存在なのです。であるとすれば、われわれの成しうることとはなんでしょうか。もはや虚焦点ともいえる世界の一点に向かって退縮していくことだけです。量子論的実存的仏教的シュールレアリズム的刹那。僕は、稲垣足穂から生きることのすべてを学びました。と、同時に死んだあとのことも。
足穂の最高傑作『弥勒』のなかで天空にかかる地球(!)を思い浮かべながら江美留はこう言ってのけます。「…曾てわれわれがせアゼンスの街で星を仰いで語り合ってから、そうれ、ここにちゃんと出ている。五十六億七千万年の時が経っているのです。弥陀の声が筬のように行き交うている虚空の只中で、この銀河系は何十回も廻転しました。地球なんか勿論とっくに昔に消えてしまった。若しあの黄色の星が地球なら、それは何代目かの子孫--いやまったく別な、新しいきょうだいなのだ、と云うべきです。」

現代思潮社版『稲垣足穂大全』こそ正真正銘僕の宝物です。

稲垣

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January 02, 2004

everrything but the girl「essence and rare」

ブリティッシュ系ロックのヘビーローテーションというとこれ。今でもよく聴いています。82年にK君が留学していたボストンを訪ねてはじめて北米に行った時です。ヒップな(死語?!)レコードショップでトレーシー・ソーンのソロアルバムをみつけました。チェリーレッドやクレプスキュールといったネオアコが注目されていた時期です。でもそんなこととはもちろん無関係に、その歌に魅了されました。ベン・ワットがつくり出すキュンとくるメロディと彼女の都会的なちょっと鼻にかかった声。大好きです。ふたりはそのあとエブリシング・バット・ザ・ガール(EBTG)として活動を続け、6年ぐらい前からはドラムン・ベースのユニットになって、パーティーを精力的にやっておられるとか。
このアルバムは、未発表トラックを中心としたセルフコンピ。カバー曲も多く、中でもクレージーホースやロッド・スチュアートが歌っている「I don't want to talk about it」が一番のお気に入りです。
EBTG

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January 01, 2004

林達夫×久野収『思想のドラマトゥルギー』平凡社

学生時代粉川哲夫さんの授業をとっていました。といっても、粉川さんは現在教官をされている前のさらにその前の大学で、まだ常勤講師という肩書きでした。粉川さんの講座は現象学。しかし、フッサールやメルロ=ポンティなどはまるでやりませんでした。現象学とは能動的なレクチュールの方法の学だというのが粉川さんの持論。文化解読にとって有効性があるから現象学をやるわけで、アクチュアリティを失った哲学の一分野としての現象学などまったく意味がない、とすら言っておられました。という粉川さんの選んだテキストがこれ。現象学ということばは一回も出てこない対談集。ですが、文化を能動的に理解することとは、文化そのものにかかわることであり、文化を読み替えつくり変えていくいことだということが二人の小気味よい対話から読み取れます。粉川さん的には、現象学でまったくOKというわけです。これってある意味カルスタって感じもしますね、今読むと。
林達夫×久野収『思想のドラマトゥルギー』平凡社 1974
思想のドラマ

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December 29, 2003

「魅惑のチャチャチャ」オルケスタ・アラゴーン

フランス文化の香りをプンプンさせたチャチャチャというと、いったいどんな音楽だろうと思うでしょう。そうなんです、ハイチからキューバに渡って胚胎したチャランガ・フランセーサは、キューバ産のハマキをくわえて見るフランス映画のような、なんとも不思議な音楽。ヴァイオリン・アンサンブルを中心にフルートが優雅で気品のある雰囲気を醸し出します。なのに、踊れるんですよ、これが。僕はというと、じつは原稿を書く時によく聴いているんですね。
オルケスタ

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December 26, 2003

「WAKA/JAWAKA」Frank Zappa

1977年のことです。僕は、SEGOの門をたたきました。志を同じくする荒くれどもがすでに松濤に結集していました。N君もその一人。彼は横浜馬車道の呉服屋の御曹司。アバンギャルドなドラムと謡とエロスを愛するハンサムボーイでした。ザッパを初めてちゃんと聴いたのは、彼のうちに遊びに行った時です。けれん味たっぷりで毒に満ちた、でもとびきりステキなその音をいっぺんで好きになりました。彼とは、その秘密結社での数年間に及ぶ工作活動の後も、一緒にいろいろ悪さをしました。悪ふざけに明け暮れた20代。まるでザッパの音楽のような日々でした。
「WAKA/JAWAKA」Frank Zappa
ザッパ

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ノヴァーリス『ノヴァーリス全集』牧神社 1976年

世界の一切は、さまざまな結合と遭遇との出会いによって生成(うま)れるのです。その瞬間が快感であり、陶酔です。僕は今すべてを捨てて、山に入ろう。そして、大地の霊と交歓するのだ。
「時に星が人間であり、またたちまちにして人間が星であった。石が動物になり、雲は草木であった。」
「ザイスの学徒」を読み終えた時のあの高揚感を一生わすれることはないでしょう。僕はすっかりりっぱな鉱山技師になっていたのですから。そして傍らには愛しきゾフィーが…。
『ノヴァーリス全集』牧神社、1976年

ノヴァーリス

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December 24, 2003

「グッバイ・スィングタイム」ザ・マシュー・ハーバート・ビッグ・バンド

ふだん電子音楽をつくっているマシュー・ハーバートがビックバンドに挑戦した意欲作。といっても、グレン・ミラー楽団をやるんじゃないのです。総勢20名のメンバーのために書かれたスコアをいったんズタズタに解体したうえで再構築し、さらに、彼らがスタジオで楽器以外に鳴らした音を、そのなかにパッチワーク状にちりばめる。「なぜそんなのが面白いの?」ということを、これでもか、これでもかとやりまくっているのです。でも、これがめっぽう面白い!! そして、なんと彼は新宿リキッドルームでライブまでやってのけました。フロアを躍らせないビッグバンドってたぶん彼らのほかにはいないでしょうけどね。
マシュー

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December 23, 2003

『キッチュ まがいものの時代』

『遊』がまだオプジェマガジンと名乗っていた第1期の編集者、松岡正剛と上杉義隆に美術評論家の石子順造が加わって制作された「キッチュ」づくし。キッチュと思しきものを片端からコレクションした図像と、キッチュとまじめに向かい合った論文ががっぷりよつで対峙するという奇っ怪このうえないこの本を古本屋で見つけた時は狂喜乱舞しました。松岡さんと『ガロ』系の石子さんが一緒に編集しているというのも興味深々。ですが、なんといってもあの杉浦康平さんが俗悪趣味に徹したデザインをしているというところが見物です。
『キッチュ まがいものの時代』ダヤモンド社、1971年
キッチュ

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December 22, 2003

「弦楽4重奏曲 第1番クロイチェル・ソナタ 第2番 ないしょの話」ヤナーチェク

ひとの話が旋律のように聞こえる。そんな経験ってありますか。ヤナーチェクはよくひとの会話や話し声を採譜して記録したんだそうです。モラビア出身のそんなユニークな音楽家のことを中沢新一さんの『音楽のつつましい願い』(筑摩書房)を読んで知りました。すぐに興味を持って買ったのがこれ。タイトルの「ないしょの話」というのは、ヤナーチェクが60歳をすぎた時、なんと三回りも歳下の人妻カミラと恋に落ちた時にあてた恋文のこと。旋律を言葉にできたヤナーチェクの必殺技手というわけです。
ヤナーチェク

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December 21, 2003

『批評あるいは仮死の祭典』蓮實重彦

大学に入った年の大晦日のことです。僕は、なぜかこの一冊を布団の中でむさぼり読んでいたのです。そして元旦。布団から出た時には、まったく違う思考を始めていました。フーコー、ドゥルーズ、バルト。この著者を通じて知ることとなったフランス現代思想が、その後の僕の行く末を決定づけました。
でも、まさかこの著者が十数年後に東大総長になるなんて、誰が想像できました?
『批評あるいは仮死の祭典』1974年せりか書房発行。
批評あるいは仮死の祭典

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