March 2004

March 31, 2004

ONJQ『ONJQ LIVE』2002年

大友良英さんの演奏を初めて見たのは今はなき六本木ロマニッシュカフェでのギグ。ハイナー・ゲッペルス、デビット・モスとの共演で、大友さんはターンテーブリストとして、むちゃくちゃエッジの効いたパフォーマンスを演じていました。96年11月25日のことです。この日は、巻上公一さんもボイスの即興で参加。もう、すっかりキャバレーボルテールという気分の夜でした。
大友さんは、しかし本領はやはりギタープレイにあります。フリージャズ、音響派、ポストロック、エレクトロ……、と日本のアヴァンギャルド・シーンでは知らない人はいないというフリー・インプロヴァイザーのひとり。いくつものユニットを掛け持ちで活動する大友さんですが、ONJQ(otomo yoshihide's new jazz quintet)はジャズをとりあえずの起点にしながら、新たな解釈を加えつつ脱構築するためにつくられたユニットです。菊池成孔さん(ts)、芳垣安洋さん(ds.tp)、津上研太さん(ss.as)、水谷浩章さん(b)さんとメンバーは超ド級。繰り出される演奏がすごくないわけはありません。ものすごいです。これは果たしてジャズなのか。グルーヴなきグルーヴの怒濤のようなスウィング感。カッコよすぎです。これは、そのONJQのライブ版。エリック・ドルフィーやウェイン・ショーターの曲なんかを取り上げているのですが、僕のいち押しは最後の「Eureka」。ご存知ジム・オルークの曲。これこそ、直球的な音響派の生録り。
ONJQ
ONJQ『ONJQ LIVE』2002年
ONJQ Live

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March 27, 2004

Pavarotti『Best of Italian songs』1979年

「ごらんなさい、ソレントの海/たくさんの宝が底深く隠されている/世界中を旅した人たちだっていう/こんな美しいところは知らないと」。ナポリターナ(イタリア民謡)の中で、いちばん好きな曲といえば「帰れ、ソレントへ」をおいてありません。僕は、この歌詞に誘われて、気がついたときにはナポリ湾からソレント岬を眺めていました。歌の通りそこはとてもステキなところでした。ナポリ湾に突き出たソレント岬。そこに実在するトラモンタート・ホテルのコマーシャル・ソングとしてつくられたのが「帰れ、ソレントへ」。こうして東洋の小国からひとりの日本人を呼び寄せてしまったのですから、コマーシャルとしても大成功(?)ですね。
ところで、もうすぐルチアーノ・パヴァロッティが来日します。引退公演に向けてのプロジェクトを日本から始めるのだそうです。「ラ・ボエーム」の「冷たい手、私の名はミミ」や「リゴレット」の「女心の歌」や「アンドレア・シェニエ」の「5月の晴れた日のように」を熱唱するのでしょうが、ぜひともナポリターナの名曲「帰れ、ソレントへ」を歌って欲しいものです。このアルバムでは、1曲目に収録されています。ちなみに、最後の15曲目はやはり日本ではおなじみの「オ・ソレ・ミオ」です。
pavarotti
Pavarotti『Best of Italian songs』1979年

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March 26, 2004

マルグリット・デュラス『アンデスマ氏の午後/辻公園』白水社 1963年

浜崎あゆみのファンの恐ろしいところは、どの歌も常に「私ひとり」に向けられたメッセージだと受け取ってしまうことです。ファンは100万人もいるけれど、どのファンとも、あゆは常に1対1で向かいあっている。つまり、あゆが100万人いるのと同じなのです。ところが、デュラスのファンはというとやっとこさ1000人いるかどうか。でも、ファンの人たちのこころには、同じ一人のデュラスが棲んでいます。デュラスの良さを知ってもらえる友がいることはうれしいけれど、自分だけしか知らない人であってもほしいという、アンビバレントな気持ち。ファン心理というのは、ほんとはこういうものですよね。あゆが100万人いても……、ねぇ。と、これは香山リカさんがある本で書いていたことです。しかし、ほんとうにデュラスのファンって1000人しかいないのか? 
デュラスとの最初の出会いは、『モデラート・カンタービレ』でした。ご存知のようにこれは、後に映画化されましたが(『雨のしのび逢い』)図書館で借りてきて、かなりベケットがはいっているぞと思ったものです。もちろんだからこそデュラスを好きになったわけですが。さて、『アンデスマ氏の午後/辻公園』も、やっぱりベケットが入ってます。それも、かなりてんこ盛り。とにもかくにも対話、対話、対話。対話がどこまでも続いていき、語り続けながらプツリと終わってしまいます。「アンデスマ氏の午後」も、「辻公園」も。いったいこれから、どう展開するのだろうか、と期待を抱かせておきながら、最後はプツリ。これって、普通の小説の技法ではないですよね。でも、それこそがデュラスの、いや同時代のヌーヴォ・ロマンに共通する小説世界でした。今、こういう小説を面白いと思う人は、さて1000人もいるのでしょうか。
アンデスマ氏
マルグリット・デュラス『アンデスマ氏の午後/辻公園』白水社 1963年

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March 21, 2004

Youssou N'dour『The Lion』1989年

もう先週のことです。U-23が3大会連続のオリンピック出場権を手にしました。やはり勝つのはうれしい。ぜひ、ギリシアでもその実力を存分に発揮してもらいたいものです。そこで提案。誰かカッコイイ応援歌をつくってくれませんか。合唱するだけで、かならず得点が入ってしまうような、勝利を呼び込む幸運の応援歌を。それをみんなで合唱して、こんどは優勝といきましょう。
『The Lion』の1曲目「The Lion/ガインデ」こそ、そうした勝利のためにつくられた楽曲です。ガインデとは、ウォロフ語でライオンの意味。サッカーのセネガル代表のチーム名でもあります。ユッスーはセネガル人の誇りを百獣の王ライオンに託して、この曲をつくりました。とにかく、スピード感があって、ビートがあって、太っといのなんの。カッコよすぎです。この曲を聞いているだけで、負ける気がしなくなりますから。日本代表のために、そんな「ガインデ」のような応援歌を、誰かつくって!!
ユッスー
Youssou N'dour『The Lion』1989年

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March 19, 2004

Sade『Lovers rock』2000

アート・アンサンブル・オブ・シカゴの来日公演のパンフレットのADだった萩原誠さんは、さまざまなジャンルの音楽を聞いていました。そんな彼が「今までにないソウル・ミュージックだぜ」と教えてくれたのがシャーデーでした。僕らは、当時、宣伝会議(今の会社に身売りする前の)が発行していた『コピーパワー』という雑誌の別冊『FILE』の編集を手伝っていました。そのミュージック欄で、萩原さんはしきりにシャーデーのアルバムを取り上げないかと編集長にアピールしていたようですが、JAZZしか聞かない彼の耳には、まるで馬耳東風。それでしかたなく、僕をオルグろうとしたのでしょう。でも、『DIAMOND LIFE』も『PROMISE』も、たんなるエロっぽい歌にしか聞こえませんでした。それから15年以上もたったある日の昼下がりのこと。ベランダで読書をしていたら、ラジオから聞き覚えのなる声が聞こえてきました。シャーデーの『Lovers rock』の1曲目「By your side」でした。もはやどこにもエッチな女性のイメージはありません。そこにいるのは、無垢で純粋で、どこまでも気高い大人の女性。ため息のような歌声は、しかし、至福感と安堵感に溢れていました。いっぺんで僕は恋に落ちました。それ以来「By your side」は、僕にとって「愛は突然やって来るもの」であり、「一度も気にもしなかった人に、たった一秒で恋に落ちることがある」ということを証明するラブ・ソングになりました。「Oh when you're cold/I'll be there/Hold you tight to me」ってささやかれたら、もうそれだけで骨抜きです。
ところで、J-WEVEで今になってこの曲がよくかかるのはなぜですか。
シャデー
Sade『Lovers rock』2000

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March 16, 2004

鈴木翁二『少年手帖』望遠鏡社 1982年

鈴木翁二さんのコアなファンだと自認しているそこのあなた。もしかして、この本はお持ち? 持っていないでしょうね、持っているわけがありません。それもそのはず、本書は私の知り合いである雨影志逢さんが、自ら発行者となり出版した超限定品。僕自身、本屋で見たことは一度もないのですから。鈴木翁二さんはこの本を道草の賜物だとあとがきに記しています。イラストに挿し絵、ちょっとしたエッセイ、写真のコラージュや鈴木さん本人による作詞作曲の「ひとさらいの唄」のスコアまで入っています。散歩のつれづれに、スケッチするように記されたいわば精神のいたずら書き。
少年手帳
鈴木翁二『少年手帖』望遠鏡社 1982年

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March 14, 2004

岩井寛(口述)、松岡正剛(構成)『生と死の境界線』講談社 1988

1986年5月22日未明、精神科医・岩井寛さんは55歳の生涯を終えました。ニューロ・エンドクライノーマ(内分泌性)のガンによるものでした。この本は、岩井先生(構成者である松岡さんは、本書で一貫してそう呼んでいます)が永眠される最後の最後まで死と向かい合いつつ、死を受け入れながら、死と対話し続けた、岩井先生本人による口述の記録です。われわれはよく死と闘う、ガンに打ち勝つという言い方をします。しかし、死とは決して闘う相手ではなく、生の延長上にある自分自身にほかならない。ガンにおいてすらそうなのです。それはどんなに悪さをしようが、自らの細胞にはちがいないのです。死は生とともにあるものなのだということを本書を読んで知りました。
それにしてもすさまじい本です。病室で声を失ってなお伝えようとする本人の意思をなんとか言葉にする。意識、記憶が混濁し、ほとんど意味不明な音素に解体した声ならざる声。それを一つの文脈へ配置していく。ほんとうに、ここから後は「死」であるという縁の縁まで、そのぎりぎり寸前まで、二人の対話が続けられるのですから。単なる告白録でもましてや闘病記でもない、「実験書とでもいうべき」ものと松岡さんが述べているように、おそらく世界のどこを見渡しても、類書を見つけ出すことは不可能でしょう。
本書のもうひとつのすごいところは、病態が悪化していく段階ごとに、紙の色が変わっていることです。こんなアイデア誰が思いつくでしょうか。その革新性うんぬんよりも、著者との深い信頼がなければそんなことはやれませんし、やってはいけないことです。しかもその色が桜色から菫色へ、そして桃色へと変わっていくのです。杉浦康平さんだからこそできた仕事だと思います。
岩井寛(口述)、松岡正剛(構成)『生と死の境界線』講談社 1988年

生と死

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March 13, 2004

Medesky、Martin and Wood『Last Chance To Dance Trance-Best of 』2000

PHISHとジャムバンド・シーンの双璧をなすのがオルガントリオのMMW。PHISHがグレイトフル・デッドの正当なお世継ぎ(男児)だとすれば、MMWは、デッドとJAZZという異種間交雑によって生まれたハイブリット=養子といったところでしょう。どっちもグルーヴでは負けません。即興性においても差はなく、スキルもどっこいどっこい。でも、PHISHにはあたりまえのロック魂、エンターテイメントへの気遣いといったものは、MMWにはまったくといっていいほどありません。ただひたすらでたらめでフリーキーな「カッコよさ」を追究します。そこがMMWのいちばんの魅力であり、ワンアンドオンリーといわれるゆえんです。このアルバムは、そんなMMWが解釈するジャムバンドの入門編といっていい1枚。たとえば、セロニアス・モンクの曲をレゲエにして、唐突にボブ・マリーの曲をインボルブするなんて離れ業をやってのけます。とにかく跳ねてます。すっ飛んでます。そして、時には暗黒のごとくゴシックな世界へと引っ張り込むことも。芸達者だっ!!
Medesky、Martin and Wood『Last Chance To Dance Trance-Best of 』2000
medsky

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March 12, 2004

四谷シモン『シモンのシモン』イザラ書房 1975年

東京都現代美術館で開催されている「球体関節人形展」に行ってきました。押井守監督『イノセンス』の公開に先駆けて、重要なモチーフになっている「人形」にスポットをあてた展覧会。20人近い作家の人形が170点以上展示されたことは過去に例のないことだそうです。四谷シモンの人形たちも、特別に一部屋与えられていました。ほんとは、ほかの人形なんかどうでもよくて、シモン・ドールを見るのが目的でしたから、この部屋に入った時は、感極まっておもわず嗚咽。とても恥ずかしかった。おやじのすることじゃないですよね。それにしても、ゴスロリが多かった。あの娘たちは、入り口のベルメールの写真も、シモンさえも目に入らなくて、ひたすら恋月姫の残虐、エロス、内臓、奇形ばかりにキャーキャーいって、ばかみたい。
さて、球体人形にちなんで、とっておきの一冊を紹介しましょう。四谷シモンの処女作。詩とエッセイと画集、それと金子國義さんとの対談。とくに画集は、勃起したペニスや女性性器ばかりが描かれていて嗚咽ものです。表紙がレモンイエロー。見るからに鮮やかで、シモンのドイツ少年を彷彿させます。かなりの稀覯本です。
四谷シモン『シモンのシモン』イザラ書房 1975年
シモンのシモン

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March 09, 2004

Jef Mills『Exhibitionist』2004 CD版

なんでいまさらジェフ・ミルズ? なんて言わないで下さいね。僕にとっては、ミルズはこれ1枚しかないのですから。この人が、宇宙人DJとかゴット・ハンドと呼ばれていることぐらい知っていましたよ。でも、そのプレイもまともに見たことはないし、MIXすら聞いたことがありませんでした。ただ知っていただけなんです、そういうDJがいるってことを。そんで、タワーで試聴をしてみたら、けっこうラテン・フレーバーで、そんなにミニマリズムじゃないし、な〜んだ、ぜんぜんふつうじゃん。ほんとならここでやめるとこなんですが、なぜかカバンに…。これが神の手ってこと?
p.s 万引きはしてません。
Jef Mills『Exhibitionist』2004 CD版
Jef Mills

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The Pop Group『For how much longer do we torelate mass murder?』1983

「FUJI ROCK FESTIVAL 04」には、往年のニュー・ウェイヴ・グループが大挙してやってきます。そのなかに、あの伝説のThe Pop Groupの名前も。もう、絶対に行くッきゃないっ!! ということになったら、どんなにいいでしょうかねぇ。今年大復活のニュー・ウェイヴ・ムーブメントは、僕たちにあの時代の興奮を再び呼び起こしてくれました。なかでも、The Pop Groupのフリーキーでレッドゾーンぎりぎりのパフォーマンス。現代なら、ほとんど音楽の自爆テロです。観客もろとも爆心地へ連れ出し、レイヴ会場はさながらグラウンド・ゼロに。これを魂の殉教といわずしてなんと称しましょうか。とにかく、The Pop Groupの演奏はすさまじかった。それをこの目で見たい、この耳で聴きたい、この身体でバイブレートしたい。だから、お願いしますね日高さん。
ところで、このセカンドアルパムのタイトルの意味わかりますか。「この先、われわれはどれだけ大量殺人を容認できるか」っていうの。やっぱ、こいつら本気で自爆テロ考えてるよ、ぜったい。
The Pop Group『For how much longer do we torelate mass murder?』1983
pop group

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March 06, 2004

フェリックス・ガタリ『カオスモーズ』2004

1992年の1月、ガタリさんと直接お話をする機会がやってきました。ちょうどコミカレの招聘で来日された時です。主催者のはからいで、僕たちが企画したガタリさんの対談が実現したのです。お相手は大澤真幸さん。対談はある広告代理店の会議室で行われました。ガタリさんが部屋に現れた時、たいそう驚きました。なんともステキでオシャレなおじさんだったからです。あとからガタリさんがある有名企業のご子息であることを聞いてようやく納得できました。でもその時は、あの過激で難解なエクリチュールが目の前にいる粋でダンディなおやじの頭と手から生まれたものとはとうてい想像がつきませんでした。それはともかく、対談はとてもアグレッシヴで有益なものになりました。会場を去る間際にガタリさんは大澤さんにこう告げました。「パリに着た時にはどうぞ気楽に連絡をして下さい。われわれの対話を終わらせないためにも」。しかしそれは二度と実現することはありませんでした。ご存知のように、ガタリさんはその年の8月帰らぬ人となったからです。「カオスモーズ」は、その対談の主要なテーマでもありました。カオス(渾沌)とコスモス(宇宙)とオスモーズ(浸透)を一つにした造語。カオスへ向かって身体を開いていくことは、同時に身体というミクロコスモスに、コスモスを内包していくことでもあります。そのクラインの壺のような相互浸透の場が、われわれがめざすべき身体であり社会であると。そして11年後の今年、『カオスモーズ』の翻訳がようやく出版されました。
カオスモーズ

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March 05, 2004

Traband『kolotoc』 2000

チェコのクレッツマー(クレヅマー)のバンドTrabandの来日公演に行きました。楽器編成が面白い。バンジョーとクラリネット、それにチューバとユーフォニウムが低音部を支え、トランペットがメロディを奏でます。時折クラリネットからアコーディオンに持ち換えたボーカルがイーディッシュ語やチェコ語で歌うと、ドラムスの刻むメロディはいよいよノリのいいテンポでリズムを刻みます。ポルカとワルツがメロディの基本と物の本には書いてありましたが、なんのなんのそれだけではありません。ルンバや4ビート、ロックに変拍子…、次々にいろいろなリズムが飛び出します。でもなんといってもトランペット。休むことなく吹き続けるのはなんとうら若き女性。ソバージュ髪をなびかせて、時に高らかな時に哀愁たっぷりの音を聴かせます。何曲か聴いているうちにとても懐かしくなりました。なぜかなぁと考えていたら、思い出したのです。いにしえの黒テントの芝居の挿入曲に似ている!! そうです、これってキャバレー音楽だったんですね。ブレヒトにはクルトワイル、黒テントにはクレッツマー。ユダヤとロマを起源に持つこのミクスチャー系音楽こそ、シアトリカル・ミュージックのはしりだったのです。
Traband 『kolotoc』2000
Traband

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