April 2004

April 21, 2004

『DECODE』Premiere Edition東邦出版 1982年

見せられないのが残念ですが、ガンダレ仕様の表紙裏にいきなりディヴァインのポートレイトがサイン入りで載っているこの雑誌、なんだかわかりますか。たった1号で世の中から消えてしまった、ニューウェーヴでラディカルで超ポップなオカルトマガジンなのです。トビラのリードにはこう書かれていました。「文化価値を定位させることなく加速し続けることの宿命……その中に現代文化の原理的中核としてのオカルト衝動が伏在する。(…)それら霊的ボルテージは、現代文化の最も先鋭化されたカルチャー・ニューウェイヴの中に検証可能である。いや、少なくとも現代文化に伏在するオカルト衝動とは、規格化された文化価値の中にエンコードされた情報から、デコード(解読)へという能動的な掛け橋を提起しているのである」。今見ると、Webがまだ軍事用のインフラでしかなかった80年代の初頭に、ペーパーメデイアでサイトを立ち上げたという感じ。執筆陣には、阿基米得、武田洋一、浅井雅志、美沢真之助、法水金太郎といったアングラ、オカルト系のライターにまじって、四方田犬彦も「皮膚・汚辱・恐怖」なんていうおぞましいエッセイを寄稿しています。また、ロットリンガーのジャック・スミスへのインタビューという、ヒップこのうえない記事まである! しかし、なんといっても、この雑誌のフィクサーはといえば、あの武邑光裕なのですね。G・I・グルジェフのオタクは、絶対持っていなければいけない一冊でしょう。
DECODE

『DECODE』Premiere Edition東邦出版 1982年

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April 12, 2004

『ドラキュラ』創刊号 新樹書房 1973年

じつは、『月下の一群』が創刊された経緯は、この季刊『ドラキュラ』が創刊と同時にあっけなく休刊になってしまったからです。つまり、『月下の一群』は『ドラキュラ』の文字どおりの復活劇だったのです。そもそも編集後記に「出来ることならば、これを読物(マガジン)とせず、闇一門の武芸帳として、腰にぶらさげ、照る日曇る日、「会」の血風をあおられんことを願います」と唐十郎が書いたからいけないんですよ。きっと読者は本気にしてしまって、もはや雑誌の時代ではないと、早とちりしてしまったに違いありません。
それはさておき、この表紙はどうですか。『月下の一群』とは比較にならない迫力でしょう。ファンならハハーンときますよね、そうです中村宏画伯のイラストレーションなんです。セーラー服と機関車、あまりにベタな取りあわせ。でも、好きですよ、僕は。コンテンツには、「特集 血をあびるダンディズム」とあり、足立正生の「最新約聖書 ネゲブ砂漠の神」、若松孝二の「カンコクれぽーと 日本流血列島の記」という連載、「東亜の快楽構造をめぐって 姫か少年か!?」唐十郎と沼正三による対談が掲載されています。また、赤瀬川源平と南伸宏の「充血鬼マラキュラ」という傑作も。30年もたったので、そろそろ棺桶から三度目の復活をなさってもいいんではないでしょうか。
ドラキュラ
『ドラキュラ』創刊号 新樹書房 1973年

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『月下の一群』創刊号 海潮社 1976年

『血と薔薇』でピエール・モリニエの名前を知ってしばらくたってから、四谷シモンがやはりモリニエを敬愛していることを知りました。「つつしみぶかさのないことについて」と題された写真構成によるページに「ピエール・モリニエの方へ」というサブタイトルをつけて発表していたのを偶然発見したからです。その雑誌こそ、唐十郎編集による3号雑誌『月下の一群』でした。もっとも、3号すら発行できずに休刊してしまいましたが。
さて、創刊号の特集は「人形 魔性の肌」。澁澤龍彦と唐十郎による往復書間「下降の水路をたどるゴンドラ」、赤瀬川源平の「肉天体の原理」という二つの意味深長な文章が掲載されていました。その後僕が責任編集をすることになるミニコミ誌『アルンハイムの地所』は、「死は旅であり、旅は死である」というバシュラールの言葉に導かれて、夢としての冥界を彷徨うというものでしたが、この二つの文章から強い霊感を受けたものでした。
巻末には長編戯曲「下町ホフマン」が載っています。そういえば、この芝居を下北沢の本多劇場予定地(!)の赤テントで見たことを今思い出しました。
月下の一群
『月下の一群』創刊号 海潮社 1976年

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April 11, 2004

『血と薔薇』創刊号 1968年 天声出版

昨年『血と薔薇』が、3冊セットで復原(復刻)されました。じつに四半世紀ぶりの快挙です。しかし、僕のは正真正銘68年発行のオリジナルです。定価は1000円、IBM6133と奥付にあります。どれもかなり傷みがひどいのですがちゃんと3冊持ってます。実際には3号でいったん休刊になり、その後4号として復刊されました。これは題名こそ同じですが、似て非なるものなので持っていません。
なぜ僕がこの雑誌を買ったのかというと、「男の死」という特集のグラビアに惹きつけられたからでした。「聖セバスチャンの殉死」と題された三島由紀夫をモデルに篠山紀信の撮り下ろした作品。また、「サルダナパルスの死」は、本誌編集長の澁澤龍彦自らがモデルになって、奈良原一高が撮り下ろした作品。さらには、唐十郎、土方巽、三田明がモデルで、深瀬昌久、早崎治、細江英公が撮り下ろした作品も収められています。なんとも豪華でしょう。もちろん豪華なのはグラビアだけではありません。特集が他に、「吸血鬼」「苦痛と快楽」「オナニー機械」と4つもあって、澁澤龍彦はもちろんのこと、稲垣足穂、埴谷雄高、種村季弘、塚本邦雄、加藤郁呼、植草甚一というビッグネームが執筆者に名を連ねているのです。当時ほとんど知られていなかった、ピエール・モリニエやクロヴィス・トゥルイユなんていう画家を紹介したのもおそらく本誌が最初だったと思います。
血と薔薇
『血と薔薇』創刊号 1968年 天声出版

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April 03, 2004

Anode/Cathode『punkanachrock』ピナコテカレコード 1977?

Anode/Cathodeといっても、大友良英さんのCDではありません。1975年からアメリカ西海岸で謎のギグを続けていたグループと同封されていたチラシには書かれていました。これは、そのギグを録音したテープを偶然に譲り受け、レコード化したのだそうです。果たしてその音はというと、サイキックtvをもっとノイジーに、パンキッシュにしたようなエレクトロです。でも、そんな演奏よりまず目を引くのはこのジャケット。なんといったって三角形ですから(スキャナの関係で角が一箇所欠けてしまいましたが…)。さらに仰天してしまうことは、彼らのレコードのほかに、おまけと称して天地真理のシングル「恋人たちの港」がそっくり1枚入っていたことです。東京ロッカーズの時代、アンダーグラウンドで活動するグループのレコードを次々にディストリビュートした日本のインディーズレーベルの草分け的存在ピナコテカレコード。その中でも『punkanachrock』はひときわストレンジな1枚でした。ちなみに、レコードの表には「立体お姫さま」裏には「中華人民動物園」というやっぱり謎だらけの文字が記されています。
Anode/Cathode
天地真理
Anode/Cathode『punkanachrock』ピナコテカレコード 1977?

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April 02, 2004

ピエール・クロソウスキー『かくも不吉な欲望』現代思潮社 1977年

ニーチェの『悦ばしき知識』論に始まり、「…われわれのあいだで性交と呼ばれるものは、神々における存在の明白化への必然的な参加にほかならない」という「ニーチェと多神教とパロディ」で終わる、ニーチェ的永遠回帰を身に纏ったクロソウスキーの論文集。なんといってもこのタイトルがいいですね。「光に対する みじめな者どもの かくも不吉な欲望は何なのか?」というヴェルギリウス『アエネーイス』第六巻からの引用。身体の内奥から込み上げてくる、痛ましくも悦楽に痺れる霊的な欲望。それ自体が表現されているようで、一度でもそれを口に出すともう忘却することはできなくなります。腐りつつある肉体が、新たな光を求めて天上界へと昇ろうとする時、魂は純化されるといいます。おお、ここにあるのは、自己腐敗へと緩慢に移行する時の「暴力性」が光速で降りかかる陽光と一瞬にして交わす魂の性交! なんと優美で下劣な行為よ。
かくも不吉な
ピエール・クロソウスキー『かくも不吉な欲望』現代思潮社 1977年
かくも不吉な欲望

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