午前中はまだ手を払いのける元気があったのに、午後になるとそれもしなくなる。すでに葬式モード。喪主という自覚がないままに、うまくいくのだろうか。

July 26, 2010

母が亡くなった。それなら、帰らなかったのに。

朝 おにぎり、サラダ/コーヒー(fathersday)
昼 おにぎり・サンドイッチ・唐揚げくん(セブンイレブン)
夜 母の手作りおにぎり、ソーセージ、フライドポテト
晴れ、いわき辺りで雨、晴れ
7時起床。朝食。掃除などしてwatanabeHへ。週が明けたので外来の前に担当医から話がきけるというので8時30分に出る。Tさんご夫婦が来ている。はなしがややこしくならないといいけれど(さっそく妻にtelをいれたらしくてすでに妻はゴキゲンが悪い)。しかし、肝心の先生はナースステーションに顔をだしていない。ミーティング中の看護婦に話しかけるのもなぁとおもいつつも担当医の件で尋ねると、すでに外来にいってしまったらしいと。Takujiさんが娘さんと来院。不謹慎な言い方だが、まったくのディスコミュニケーション。方や口をぱくぱくしているだけだし、方や、うなだれたまま。また、振られたのかと思い、看護婦に昼休みには是非面会させて欲しいとお願いする。母の容体は昨日とあまりかわらない。酸素は以前15に。しばらく一緒にいていったん帰宅。セルフGSとイオンで買い物。ふたたび来院。心なしか、さっきより呼吸があらくなっているような印象。眼もつむったまま。結局主治医はすぐに手術が入っているので会わずじまい。変わって看護婦さんが説明をしてくれる。が、要するに5日まえに妻に説明した以上の内容ではなかった。容体は並みがあるし、以前危険水域にあるが、今日明日かどうかはわからない。これでは、進展がなすじゃないかと怒りたくなったが、看護婦さんの責任ではないのでそこまではいわなかった。なんか後ろ髪を惹かれる思いだったが、とにかく帰宅する。常磐道をまたスピード出してしまった。甲州街道に下りて給田の手前で妻からtel。母が亡くなったと、あっちゃー!! 17時だった。やはり、もう少し残っていればよかったか。自宅に着いたところで、ミルゥを散歩させる。荷物は積んだままで、あらたに喪服や靴などの葬儀に使うものを積み込む。ついでに、FRFのものたちも積み込む。いったいどこへ行くつもりなのだろうか、という荷物構成になってしまった。母と甥っこに、ミルゥの散歩を託す。母に薬の与え方、ごはんの与え方を伝える。1時間半ほどかかって出発。途中、明日の取材をyuこりんにお願いするために、彼女の自宅近くによりカメラを渡す。ストリートビューでは最後までたどり着けなかった細街路をこの目で見る。ここから永福の入り口はすぐだった。母のにぎったおにぎりとおかずを食べながら、もと来た道を引き返す。常磐道は、なぜか先ほどと同様、途中で雨に。110km平均で高速をひた走る。中郷で一度休憩して、着いたのは24時半。とるものもとりあえず、母のところへ。かぶせてある布をとる。そのお顔からは、入院中のあの苦しそうな表情はすっかり消えていた。おだやかな、見ようによっては、すこし微笑んでいるようにすらみえる。病院から搬送されて、すぐに葬儀屋さんもきたらしい。Takeoさんがすぐにやってきたのだけれど、Takaoさんも来てくれた。故人と妻の願いどおりに密葬というわけにはいかなかったが、Takaoさんの配慮で、うまくけん制しつつ段取りなどを決めてもらったようだ。(本日の総走行距離は、600km)Takaoさん。夜は、誰かが起きていなくてはならないので、僕は最初仮眠して、3時すぎに起きる。妻は、結局徹夜した。


cauliflower at 23:59│Comments(0)TrackBack(0) ダイアリー | 妻・娘

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午前中はまだ手を払いのける元気があったのに、午後になるとそれもしなくなる。すでに葬式モード。喪主という自覚がないままに、うまくいくのだろうか。