常磐、磐越、東北道でいつもより60kmオーバーインデックスを中心に入稿。そういうのが得意な人でよかった。

June 05, 2011

朝市でお墓、自宅に行って親戚周り。

朝 赤魚(焼き魚)、山芋、海苔、漬け物、みそ汁、ご飯/コーヒー
昼 味噌ラーメン、餃子
夜 赤魚(煮魚)、マカロニサラダ、卯の花/プレミアム・モルツ
ジェイムソン
はれ、曇り、途中豪雨、曇り
7時5分起床。テレビをつけると本日の放射線量がテロップで流れる。朝食。ホテル1階横に小さなレストラン。なにより、朝食がおいしいという評判、葬式の時にもみなさんそう言っていた。期待したが、ごらんのようにごくごく普通の朝食。焼き魚はおいしかったけどね。なんごくにいって花が届くのを待ってお墓へ。線香とローソク。いつも火をつけるのに苦労するがローソクという手があった。お墓をきれいにして花と線香。見渡すと、いつもと景色が違う。あとから聞いてわかったのだが、かなり倒れたらしい。うちのように低い墓石はずれたりする程度、でも、縦長のものは、落ちたれ、傾いたり、倒れたりしたらしい。妻が古い花を捨てにゴミ収納用の小屋の扉をあけて驚く。かごに鶏がいたから。すると近くから男性やってきて、自分の家からつれてきたという。原発による避難区域に住んでいて、戻れない。鶏と一緒に避難所にいくも、鶏はインフルの疑いがあるからといって受け入れてくれなかったと。で、自分も行き場をうしなって、軽トラで移動、今は、ここをとりあえずの住まいにしているという。つながれていた犬も、彼のいぬらしい。nishiさんさんち寄って、あらためて実家の荷物整理。布団と服は処分してもらうように頼む。キャスター付きの鞄と空気清浄機を持って帰ることにする。minamisoumashiが6月からはじめる借り上げ住宅制度をりようしたいという相談をうける。今、奥さんの弟さんに住んでもらっている。借り上げ制度の申請をすると、国が賃貸料を支払ってくれるというのだ。弟さんの家のあるodakaは立ち入り禁止区域。奥さんとお子さんは名古屋だかに避難していて、ひとりminamisoumashiに避難している。5月分という名目で賃料をいただく。tokuiさんのところへ。おじさんと二人で帰ってきた。最初温泉地に避難していて、待遇がとてもよかったという話。今、tokuiさんは近くの和食店で働いている。7月の一周忌を東京でやる旨を伝えて、詫びる。帰りに赤魚の煮付けをたっぷりもらう。takeoさんの家へ。孫が三人週末だけもどってくるらしく、遊んでいる。借り上げ制度と現在すんでもらっている人に関して、いろいろ助言をいただく。問題の多い人というのはいるもので、金が絡んでくるといらぬ心配をすることになるのだ。今度は帰りにお米をもらう。昨年の米なのに、予約をキャンセルされてたくさん余っているからとくれるというのである。放射能はだいじょうぶだからと、ものすごく気にしている。実際、今年はお米をつくれないし、心配するのはやまやまだけど、僕はぜんぜんきにしないから、と言っておく。小さい子供もいないしね。別に長生きしたいわけじゃないから。煮付けの冷蔵保存用に大量の氷をいただく。ラーメン屋で昼食。いざ帰宅。帰りは飯館を抜けて二本松まで。ここから、東北道をそのまま直進するルート。飯館は日本の美しい村連合に入っているところ。里山の風景がすこくいいのに、なぜここで暮らせないのか、原発、東電に対してあらためて怒りが込み上げてくる。飯館のとなりの町は避難区域ではない。境界をこえたとたんに水田が青々している。行政区が変わっただけで、放射線量が変わるわけではないだろうに、この差はなんだろうか。それにしても、飯館地区が異常に高いことは事実。高速に入ってから、一転して空が黒くなり、集中豪雨。昭和歌謡とフォークと柿の種で眠気をふせぎつつ走る。最終的に340km。行きが磐越をつかったため360km。通常ジャスト300kmなので、やはり遠回りになった。夕食を食べながら「仁」。おつかれさまでした。

cauliflower at 23:30│Comments(0)TrackBack(0) 妻・娘 | 

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