意識を分離するやりかけてもいない仕事が山積みだ

August 16, 2018

赤ちゃん学と大文字

りつに挨拶。今日は、京都出張。車中でおすぎと合流。昨日のwatanabeさんのインタビュー記事をおすぎも買っていた。おすぎはかなり不満のご様子。そもそも死にたくないなら、機械の意識で生きていてもあまり意味がないのでは、という見もふたもないことをのたまう。いつもなら焼売弁当だが今日は横浜焼豚弁当。名古屋を超えたか超えなたところでお弁当タイム。焼き豚は三切れ。から揚げとシュウマイが入っている。たぶんご飯にちょっぴりもち米。しかし。これなら、シュウマイ弁当の方がよかったかも。京都駅タクシー乗り場で卓さんと合流。京大正面玄関に13:30着。文学部のはいっている棟を探す。おそらくここだと思える校舎に入り、心理学教室を探すが、これがまたよくわからない。しばらくしてハッシー登場。心理学事務室と書いてあるドアの前でうろうろする。外国人教師を捕まえて先生の教室を尋ねると、部屋まで案内してくれた。以前DANで取材した先生の研究室の隣だった。赤ちゃんの感情生成がテーマ。ちょうど100日すぎたところで、話の内容も胎児・新生児が対象。やはり、日々目の当たりにしていると話がリアルだ。赤ちゃんは豊かな世界をもっている。ほんとうにそうだと思った。そして、昨日の分離脳の話と重なるが、脳なら脳になりきって、赤ちゃんなら赤ちゃんになりきって、その当事者として語ることが重要だと思った。オートポイエシスともつながる話だし、何より、ドゥルーズ的マシニズムがまさにそれで、僕はまったく違和感なく聞いてしまった。終了後、吉田神社の周辺を居酒屋探し。すでに開けてる店があったので、まずビールでノドを濡らす。突き出しと枝豆で、本命の店へ。卓さんは、ナチスのきっちんの先生に連れてこられたらしい。はじめここだっかなときょろきょろしていたが、間違いなかったようだ。いきなり酒。京都の地酒と焼鳥。トマトも美味かった。いつものことながらかなり飲んだ。20時ごろ外に出ると、東の山肌に大文字。京都五山の送り火だったのだ。帰りの新幹線でビールとナッツ。卓さんといろいろ話したけれど、まったくきれいさっぱり忘れてしまった。

cauliflower at 19:48│Comments(0)  | 思想・哲学

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

意識を分離するやりかけてもいない仕事が山積みだ