カリフラワーをスキレットで蒸し焼きに二日続けて同じ店でランチ

November 24, 2018

演るには10年早い

土曜日のルーティン。2階の親子が、fliくんのご両親と仙川で写真を撮るというので、クルマで送って行く。ところが、出がけにりつくん突然もよおす。待ち合わせに遅れると母は愚痴るが、撮影中にそうなるよりずっとよかったんじゃなかろうか。直接、スタジオへ。ando建築のコンビニの並び。3人を下ろして帰る。今度は、妻と自転車でtutiへ。ぼくはキャベツのプッタネスカ。妻は、日替わり。シーザーチキン・ロール。どっちも美味しかった。サミットで買い物していったん帰宅。妻はHORIGUCHIさんへ、ご両親への手土産を買いに。ぼくも出ようとしたら、娘親子がご両親のクルマでやつてきた。コーヒーは?と言われたが無視。大江戸線経由で、練馬駅へ。そこから徒歩10分。Mr.Hiraiの所属する劇団の第2回公演。レミゼをやり、なんとバルジャンをの役。無料公演だからか満員御礼。17時スタート。休憩挟んで、彼のバルジャンとして出演するのは後半。始まってすぐに、了解した。やはりアマチュア公演である。いくらプロが混じっていても、役者の大半は素人。パンフレットを見ると、小学生から4.50代まで、ミュージカルが好きだ、ということで、集まった劇団であることがわかる。歌がどうだとか、芝居がどうだとかいうのはこの際やめよう。そんなことは、先刻承知だ。それより、問題なのは、まるで役者の感情が伝わってこないこと。笑い、怒り、泣き、悲しんでいるのに、その感情が伝わってこないのである。顔から笑みがほころび、涙が溢れるのを必死でこらえながら歌っている、のはわかる。しかし、まるでその気持ちが見えないのだ。そうか、これが哲学的ゾンビなのだ。感情ゼロの笑いであり泣きであり怒りである。後半は、いよいよMr.Hiraiのバルジャン。正直期待もありました。ところが、彼の歌、科白からも、気持ちの息遣い、感情のほとばしりはまったく感じられなかった。そもそも、歌もはっきり言ってうまくない。日常の彼と変わるところがない。いつも感じる彼の言動ヘの違和感が、舞台でも同じように感じられるのだ。これでは、感情の特集をやってる意味もない。nobuhara先生が言うように、感情とはその人自身であり、だからこそ感情は成長する。残念ながら、彼の感情には、成長もない。というか、今まさに演じているバルジャンが彼自身の姿なのだ。だとしたら、そこで歌っているのは彼自身であり、彼の感情それ自体である。にもかかわらず、感情はないに等しい。たんなる感情の容器であり、虚ろな骸である。まさにそこに立っていたのは哲学的ゾンビであった。後半も最初はそんなことを考えながら見ていたが、終演が近づくにしたがい、不満は怒りに変わっていった。一応招待なので、カーテンコールまで見届けるが、早々に帰路に着いた。大江戸線で8駅目が新宿。南口出口を出て、甲州街道沿いの回転寿司へ。冷酒とともに、マグロ3種盛り(三貫で600円)、イカ、アジ、サーモンなど。22時に帰宅。

cauliflower at 13:45│Comments(0) イベント | クライアント

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