ジル・ラプラージュ『赤道地帯』弘文堂 1988松井邦雄『夢遊病者の円舞曲』作品社 1982

September 24, 2004

アニタ・ポリッツァー『知られざるジョージア・オキーフ』晶文社 1992

ジョージア・オキーフの「青い川」が好きです。縦長のカンヴァスにリオグランデ川を描いたその絵を見ていると、川の流れる音は聞こえずに、かわりに細かな無数の粒子がチリチリ、チリチリと空中を舞う音が響きます。風のささやき、それとも魂の震える音? その音の主を探して、ニューメキシコのタオスを訪ねたのは、92年のことでした。
サンタフェからさらにクルマで3時間あまり、リオグランデ川を遡ったところに、オキーフが晩年暮らしたまちタオスがあります。プエブロ・インディアンの生活圏であったタオスは、全てが茶褐色をしています。粘土をれんが状に積み上げたアドべ様式で建物ができ上がっているからです。その独特の風合いは、エキゾチックでノスタルジック。オキーフばかりでなく、アーティストや作家がその雰囲気に魅了されて、この地にやってきた理由も納得できます。
タオスをうろうろしていたら、中でもひときわ美しい、それでいてモダンなたたずまいのアドベの家を発見しました。それがメーブル・ダッジ・ルーアンの自邸であることは、すぐにわかりました。ルーアンは、アメリカで活躍した美術家のパトロンで、20世紀の初頭にNYでサロンを開いていたのですが、後にタオスへ移り住み、今度はアーティストたちをこの地に呼び寄せたのでした。オキーフもその一人。彼女がこの地を終の住み処としたきっかけをつくったのは、じつはルーアンだったのです。ルーアンの自邸を訪れた者には、D・H・ロレンスの名もあります。彼が描いたペンキ絵がバスルームに残っていました。
オキーフが、どれだけこの地を好んだか、それは彼女が残した夥しい風景画のほとんどが、ニューメキシコであったことからも容易に推測できます。そして、「青い川」です。あのチリチリは、やはりというか当然というか、砂の音だったようです。彼女は、水にすらニューメキシコの乾燥した砂の音階を見てしまった。水蒸気が微細な砂の粒子へと変化していく。そんなことが起るのでしょうか。いや、彼女はそう本当に信じていたのでしょう。サンタフェのファインアーツ美術館に掛けられていた「青い川」から、僕もその砂のざわめきを聞き取ることができました。
彼女の絵が好きでオキーフという人に興味をもつようになりましたが、『知られざるジョージア・オキーフ』は彼女の友人が綴った評伝。彼女の魅力が余すところ無く語られています。
写真はメーブル・ダッジ・ルーアン邸

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知られざるジョージア・オキーフ

cauliflower at 00:06│Comments(0)TrackBack(0) 書籍 

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ジル・ラプラージュ『赤道地帯』弘文堂 1988松井邦雄『夢遊病者の円舞曲』作品社 1982