アニタ・ポリッツァー『知られざるジョージア・オキーフ』晶文社 1992谷口幸男『エッダとサガ』新潮選書 1976

October 03, 2004

松井邦雄『夢遊病者の円舞曲』作品社 1982

「世界が至るところで世紀末の腐臭と二十世紀という名の怪物の胎動をともども感じながら、富の拡大と貧困の深化という両極に引き裂かれてなすすべを知らなかった八○年代に、世界中のどこにもまだ大衆の肉体を解放する実りのある手だてがみつかっていなかったこの時代に、なぜ南半球の首都ブエノス・アイレスの港町にタンゴという比類ないリズムの器が出現したのだろうか。/おそらく器をなみなみと満たす感情(センチメント)がそこにはみなぎっていたのだ、としかいうことができない」。
都市は必ずその場所にふさわしい音楽を産み落とすものです。リオにとってのボサノーヴアがそれであるように、パリにはシャンソンが、ナポリにはカンツォーネが、リスボンにはファドが、そしてブエノス・アイレスにはタンゴが。なかでもタンゴは、ブエノス・アイレスの日常(ボルヘス)そのものが形を変えて表出したものです。生きることの労苦を、ダンスで紛らわさずにはいられなかったブエノス・アイレスっこにとって、それは蕩尽であり感情の形式でした。
「タンゴが作り出したもの、それはブエノス・アイレスの貧民たちの、そういってよければ〈宿命の感覚〉ではないか。宿命の感覚とは生の一回性を文句なしに奉ずることである」。(「海と港と漂泊者」『夢遊病者の円舞曲』所収)
松井さんとは生前三度お会いする機会がありました。始めてお目にかかったのがお勤め先である旧TBSの応接室。この時は、原稿の依頼で。二度目はそばの寿司屋に誘っていただいた時。ある編集者と松井さんを引きあわせるために。そして三度目は、松井さん行きつけのタンゴ・バー「ダリ」にて。僕はしこたま酔っぱらって、口笛でピアソラの「Adios Nonino」をやったら、松井さんはトラピチエの赤を一本ご褒美にくれました。結局、それが松井さんとの最後のお別れになりました。
ブエノス・アイレスのボガの地を踏んだのは、それから5年後。タンゴ発祥の地として知られるボガ地区カミニート。そのカラフルな町並みは、よく見るとペンキがはげ落ち壁は今にも崩れ落ちそうな、お世辞にもきれいとは言えないものでした。しかし、その崩壊寸前ともいえる荒廃した雰囲気は、激しさと哀愁がとぐろのように渦巻くタンゴととてもよくあっているようにも思えました。僕は、迷うことなくカミニートでは最も良く知られたタンゴバーに入り、「宿命」と言う名前をもつワインべースのカクテルを注文しました。
夢遊病者.jpg
ボガ地区.jpg
写真は、カミニートの町並み


cauliflower at 16:39│Comments(0)TrackBack(0) 書籍 

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