書籍

April 30, 2012

書庫のお掃除第一弾。

朝 パンドゥミ、ハム、レタス、スクランブル(かためで僕の好み)/野菜ジュース、コーヒー(マザーズブレンド)
昼 握り寿司、お稲荷さん、こまえころっけ/コーヒー(マザーズブレンド)
夜 桜えびと春キャベツのパスタ、いわしのマリネ/プレモル
ジェムソン
朝食の後ミルゥの散歩。掃除のあとミルゥが突き破った網戸の補修。つぎにユニディへ。ハナに破られた網戸の補修を頼む。ほかに母の頼まれものとか餌とか土とかコミック用ケースとかやすりとかいろいろ。お昼を買って帰る。書庫のカビがはえてひどいことになった漫画の清掃。ついでに、書庫の整理。真ん中の列が歩けなかったので。MMを並べ替える。

cauliflower at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

May 23, 2011

古典に作家のヴィジュアル。この組み合わせはいい。

朝 パンドゥミ、ハム、レタス、メイプルシロップ/コーヒー(コロンビア)
昼 秋刀魚の塩焼き、大根おろし、みそ汁、玄米
夜 カラスガレイ、小松菜のお浸し、いんげんとメンマの炒め物、豆腐のみそ汁、ご飯
ジェイムソン

6時50分起床。朝食。郵便局に寄って追徴課税の払い込み。てっきり還付金がもらえると思っていたら、計算違いで税務署から逆に税金をはらえといわれたから。事務所について鼎談の残りを読む。bunshunの封切り予定の映画、発売予定のDVDを検索。早めに三人でchigusaで昼食。BGMがはいからはくちで驚いた。にしおぎのこけしやでインタビュー。hibata先生は毎週ここで会議をやっているとのこと。都内にはこのぐらいのスペースってなかなかないのでありがたい。先生は、僕の質問項目にひとつひとつこたえて、原稿を書いてきてくれた。それを読み上げる。終わったところで、このデータをもらうことに。データに書き足せばいいのだ。事務所にもどってDVDの続き。夕方pちゃんに。若い男性美容師2人、女性が1人。カットの前に頭をあらいながら話しかけてくる。スーツ着て茶髪は珍しいって。じつはジャケットだし、世の中にはけっこういるよ、と思いながら、僕は社長だから、僕がいいと言えば自由なのだと伝える。だったら美容師になんかならなくてもよかったのになぁ、だって。茶髪でできる職業というので美容師になったらしい。matsumotoさんは、イスにすわるのと同時にiPoneの写真を見せてくれた。toshiさんのアトリエにいってきたという。最近の作品を見せてくれた。ドローイングをふたたびやっている。しかし、大きなシルバーの画面の中心に一頭の蝶。架空の蝶なのだろうが、これがすごくいいのだ。新境地か。すごく見たくなった。髪はいつもと同じ。カラーで短髪。帰りに、タワーでCDをチェックしブックファーストで書籍をチェック。バルテスの絵にリルケのテキスト。ちょうど三冊あったのでまずこれに決める。

cauliflower at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 11, 2011

本にだって佇まいがありますのよ。書架を見ながらひとり悦になる私って何?

朝 パンドゥミ、ハム、レタス、はちみつ/コーヒ(エクアドル)
昼 麻婆茄子、中華風卵スープ、漬物、御飯/杏仁豆腐(ワンさん)
夜 焼売、本日も焼き飯、豆腐のスープ/奥の松を冷やで
ジェイムソン
晴れ
6時50分起床。朝食。本が散在する事務所。キッチンには段ボールが13箱。それにDのバックナンバーが山のように積まれている。とにかく、分類しながら本を書架につめていく。ゆうから取材先変更の申し出。いろいろ画策してみるが、なかなか調整がつかない。今回はダメかも。ただ、まだ京都というのがある。京都と兵庫の二か所。この組み合わせ次第では、うまいこと調整できるかもしれない。などとふにゃふにゃ考えながら、ひたすらつめる。あんと今年最初のイタリアンと思っていたら休み。抜け駆けができなかった。午後もひたすらつめて、20時過ぎになんとかつめ終わる。海外取材の際に買った大型の写真集、見直すことはないけれど、古書店にもっていっても二束三文。これらが書架のいい場所を占拠するのは困るので、一番高い段に天井いっぱいに積むことにした。これが今回のアイデアの一つ。それから、地図の理論書と実際の地図を同じ段に並べたのが二つめのアイデア。あんとやっている「c&l」用の都市、建築ものは会議室に、D用の思想、社会、哲学そしてエロス関係は僕の後ろの書架へ。大型本、物理、生物、生命、音楽、食、アートはローカに。バックナンバーは、あんに手伝ってもらって、すべて風呂場に入ってしまった。結局一日仕事になってしまったが、僕としてはとても満足。本棚の分類を見てうっとりしてしまうなんて、久しぶりだな。

cauliflower at 23:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 25, 2010

枚数はたくさんあったので、さぞや緊張を欠いたものだと思っていたら、なんのなんのけっこういい話してました。

朝  パンドゥミ、ハム、レタス、リンゴジャム/コーヒー(サンタ・カタリーナ)
昼  蛸のラグーソースのスパゲティ、ダダチャの冷製スープ、パン/カプチーノ
夜 鯖の味噌煮、ゴーヤの卵とじ、キュウリの和え物、辛子明太子、ジャガイモと玉葱の味噌汁、御飯
ジェイムソン
晴れ
6時50分起床。朝食。対談のテープ起こしを読む。結構分量が多いので話が散漫になっているんじゃないかと心配したが「なんだいいこといってんじゃん」なんて思ってニヤッとしてみたり。オンデマンドの疑問についても、ちゃんと話してくれていた。ゆうちよの三人でイタリアン。今日はいつものめがねのひとじゃなくて女の子。ドルチェがサービスになるポイントがすでに二枚もたまっている。ちよさんに1点ゆずって、三人でサービスを受ける。食後、再び対談。構成を考えるが、案外うまくいくかもしれない。なので、ひとまずやめて、tashinamiのインフォメーションの取り上げるネタを探す。最低でも10月末まで開催していてほしいのだが、展覧会がみなそのまえに終了するものばかり。DVD、映画は、よさそう。サーカスの研究家からメール。サーカスとステージの情報だが、最後のところに、彼の発行している雑誌をシモキタの古本屋であつかっているという情報が載っていた。なんとうちから5分。しかも、超個性的な僕好みの店。さっそく散歩がてらいってみる。ちょうど調べていた関係の、ちょっと面白い本を発見。雑誌と一緒に購入。この店、バーカウンターもあって、夜は酒も飲めるらしい。しかし、アブナイ本がいっぱいあったぞ。もどって、続きをやる。すると今度は、超サプライズな情報がネットに。なんとparakissが映画化、しかも主演がkeikoちゃんとmukai君だって!! 僕の大好きな漫画にまさか彼女が主演するなんて。天にも昇る気持ちじゃ。帰宅して今度はホタルを見る。期せずしてkeikoちゃんとharukaちゃん、ムービーとデジカメのCMで競演中。もうテレビばっかし見ちゃうぜ。

cauliflower at 23:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

July 02, 2009

プレゼンを受ける側にまわってみてはじめてわかったこと。

朝 パンドゥミ、ハム、レタス、/コーヒー(味わい)
昼 おにぎり3種類、唐揚げ
夜 刺身、しゃぶしゃぶ/生ビール、緑川(冷酒)
曇り
6時50分起床。ニャンの世話。朝食。えんてつさんと取材の打ち合せ。三ヶ所ともクルマの移動があるのでカメラマンに同行をお願いすることにした。北海道は梅雨がないので、先に取材し、東北は梅雨明けを待って、7月後半にしようと。カメラマンのA君に早速telすると、22日を中心に屋久島へ行くという。皆既日食を撮影するため。その週を避けるという条件でお願いする。
ゲラのチェックなどして、夕方からJへ。来年からクオータリーにするにあたってのターゲット戦略について。天下のDさんよりプレゼンテーション。○○人なるものを想定し、彼が好むであろうもの・ことを網羅した曼陀羅らしい。そこに上がった沢山のアイテムは、それ自体『ペ○』や『ブ○○○ス』でならそのまま特集テーマになりそう。はじめてプレゼンをジャッジする側になる。随所に「あんたホントにそう思ってる?」と、聞きたくことばかり。突っ込みどころ満載だった。僕もいろいろ意見させてもらう。普段プレゼンする側にいるとこれこそが通すための極意と思っている必殺技決めトークも、聞く側にまわると、そんなことはどうでもいいじゃん、重要なのはこっちじゃねぇのか、ということも。大きくははずしていなくても、それをそこまで強調しなくてもいいんじゃねぇのと思うことしきりであった。それはともかく、今は本当に女の子の時代だなと思った。なにかいうと、「あっそうですか、じつは私もそう思ったんですよ!じゃ、こうしましょう」、また別のことを言うと、「あっそうですよねぇ、だったらこうしましょう」、と、速攻対応。じつに変わり身が早いのである。ってか、何も考えてない?と思えなくもない。まあ、とにかく今の女子は、反射神経において、男性のそれを完全に凌駕していることは間違いないない。動物化しているのは女性のほうか。ってか野獣系?!
ブレゼン後、下に移動して食事。マンガで盛り上がる。JUMPで育った人が約2名。今も子供が買ってくるから読み続けている人1名。コミックで読む人1名。僕は、とにかく普段雑誌をあまり読まない人が、雑誌の面白さをいうのはどうだろうかと苦言を呈しておいた。なんだかわいわいやっているうちにシャブシャブになってお開き。タクシー券をもらって帰宅。

cauliflower at 23:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 02, 2009

ついに「文章読本」のような本まで書いてしまったあなたはすごすぎです。

朝 パンドゥミ、ハム、レタス、ピーナッツクリーム/コーヒー(ケニヤ)
昼 回鍋肉丼、油揚げとわかめの味噌汁(お弁当)
夜 さんまのピカタ、ズッキーニとトマトのラタトゥュ風、マカロニサラダ、油揚げとわかめの味噌汁、鮭シラス、ご飯/Quara Malbec/Cafayate Valley 07 アルゼンチン(昨日の)
タラモアドュー
晴れ
6時50分起床。ニャンとミルゥのお世話。妻の心配が晴れた。してあったのだ。朝食。事務所へ。今週、必要なコトを伝えたりブツを渡したりしないといけないので、その必要な相手の情報やブツの手配をしてもらおうとメールしたが、まったく応答なし。向こうが必要な時は急いてくるのに、反対は無視か。まったくいい気なものだ。香○さんから著作の贈呈。なぜそんなに大量に本がかけるのか、その秘密を教えよう、という本を書いた。これは、自己再帰性といわないのか。しかし、内容は面白い。僕みたいなへたくそには、とても役に立つ。インタビュー原稿にとりかかるためマーキングする。やはりかなりアバウトだ。あらためて著作を精読する。ほとんど、まんまではないか。ということは、うまく引用していけばいいということ。あくまでも上手く、巧妙に、ね。ということで、21時までかかってしまう。

cauliflower at 20:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

December 02, 2008

謎のおやじは、満員電車でこっそりヘンな漫画を読んでいる。

朝 パン、レタス、ハム、おでん(?!)/コーヒー(味わい)
昼 フライ(玉葱、ジャガイモ、カボチャ、茄子、白身の魚、海老)、キャベツ、マグロの刺身、インゲンの胡麻和え、味噌汁、ご飯
夜 氷下魚(こまい)、韓国風の野菜炒め、キムチ、おでん、豆腐の味噌汁、ご飯
タラモアデュー
晴れ、曇り
7時起床。朝食。いつものように出社。電車で『謎の彼女X』の4巻を読みながらひやひやしている。卜部が、突然パンツ・ハサミをしたり、急に裸になっちゃったりするからだ。そういう場面だけやたらカット割りが大きい。いいおやじが満員電車でこういう漫画を読んでいる。そうとうにあやしいやつ、と思われてもしょうがない。だから、内心ひやひやなのだ。ても、植芝理一という漫画家、かなりヘンなやつ。だから、よしながふみの次くらいに好きだ。続きを読む

cauliflower at 23:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

February 04, 2008

若い女性の写真家を発見。

朝 パン、レタス、ハム、フリット(昨日の)、メープルシロップ/コーヒー(ケニア)
昼 生姜焼き、キャベツ、味噌汁、芝漬け、ご飯
夜 麻婆豆腐、ブロッコリの中華風炒め物、キャベツとおかかの和え物、大根のみそ汁、ご飯
晴れ
8時起床。朝食。ベランダは妻がかき集めた雪が凍ってキラキラ輝いていた。ミルゥを外へ出すと、雪(氷になっている)をかじっている。家を出てお風呂屋を通り越した辺りで、ガシャーンという音。振り向くとおじさんが自転車ごと倒れていた。滑ったのだ。陽が当たっているところはすでに溶けて水溜りのようになっている。ところが、日陰はまだカチーン、カチーン。その先の肉屋のところで、今度は若い男の子が自転車を滑らせていた。クルマが来なくてよかった。雪は悪くないのだが、翌日凍ると怖い。事務所について、メールのチェックなど。原稿をもう一度読み、再度校正する。しかし、もうチェックに出してしまったので、とりあえずプリントアウトしたのに朱を入れておいて、戻ってきたところで修正加えることにしよう。気になっていた、手紙を二通つくる。K野さんのテープお越しを読み始める。途中ABCへ。写真集二冊と雑誌、単行本を買う。新人のすごい写真家を発見。ぶったまげた。事務所に帰って、再びテープお越し。

cauliflower at 20:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

February 26, 2007

偶然であれ、それを呼び込めるのは、やはり天才だから。

朝 パン(ハム&チーズ)、レタス、あんこ/コーヒー
昼 石焼きプリコギ、ワカメのみそ汁、もやし和え
夜 秋刀魚の魚醤油漬け、天ぷら(ふきのとう、れんこん、タマネギ、さつまいも)、ピーマンとじゃこ炒め、大根おろし、ワカメと水菜のみそ汁、わさび漬け、ご飯/ワイン
晴れ
8時起床。ブリーズクールライトを鼻にして寝たので鼻つまりはなかった。朝食後事務所へ。娘は自転車で行ける企業の研修センターで行われる説明会へ。ぼくの机の上に封筒が置かれている。畠山さんがわざわざ写真集をとどけてくれた。サイン入り。うれしい。それより、この『A Bird』という写真集、ページをめくっていって驚いた。空高く鳥が飛んでいる。それが3ページ続いて、あっと驚く展開に。爆発である。あとからおしえてもらったのだが、やはり偶然だったらしい。それにしても、かっこいい、なによりもクール。自然の贈り物、恩寵、僥倖、なんでもいい。こういう写真が撮れてしまうということ自体何かを引きつけてしまう能力があることなのだろう。天才はちがう。『東京〜』のブックレビューを書く準備。S藤さんより、入稿準備の苦労話。韓国家庭料理の店で昼食。最近韓国系が多い。O沼さん宅へ。入稿。事務所に戻って、ブックレビューを書き始める。9時過ぎまでに終わらず。続きは、夜にとっておこう。


cauliflower at 23:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

February 24, 2007

散歩と読書、そして料理の日。

朝 パン(ハム&チーズ)、レタス、あんこ/コーヒー
昼 カップ麺、温なます
夜 鶏の炭火焼きと菜の花、トマトの小型パスタ、じゃがいもと玉子の温サラダ/ワインChateau Le Gravy Bordeax Supereur 2003(赤)
晴れ 珍しく寒い
9時起床。朝食。娘は就活の面接。ミルゥの散歩は野川まで。河川敷を散歩する。もう足は治ったのか、ほとんどびっこをひくことはない。『東京から考える』を読む。1、2章は特段新しいことを言っているわけではないのでさらっと読めてしまったが、3、4、5章はとても面白かった。東さんはやはり仮説をバンバンだすと面白くなるみたい。

cauliflower at 23:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 04, 2004

谷口幸男『エッダとサガ』新潮選書 1976

……まさか僕が、君の住むふるさとにやって来ることになるとは思いもしなかった。フロムを出航した間際は、それでも乗客の多くが甲板に出て驚くやらはしゃぐやらしていたけれど、いまはもう僕のほかには数人しかいない。いくらすごい景色とはいえ、こんなに寒くてはね。とくにご老体には、この雨はこたえるのだろう、アメリカからやってきたという年配の団体客は、とっくにキャビンに引っ込んで、おしゃべりに夢中だ。/君からもらったポストカードには、夏の晴れわたるフィヨルドの大自然が写しとられていた。雲がわずかにかかる真っ青な空を、フィヨルドの岩盤が斜めに切り裂く。けれども、岩場の木々は新緑に輝き、大地には確実にやさしさが満ち溢れていた。トリミングされた風景は、風光明媚な観光地としてのイメージを記憶の中に焼き付けたのだ。/ところがどうだろう、現実に僕の前に立ちはだかるソグネフィヨルドは、苛酷で険しい山の自然そのものだ。観光シーズンをとっくに過ぎたいまごろになってやって来たのだからしかたがないにしても、現実は想像をはるかに超えるものだった。/数百メートルの岩の壁の上部には霧が冷たくたちこめ、湿った大気は僕のからだの隅々にまで侵入し、まるで細胞までもが凍ってしまいそうだ。フェリーボートは規則正しくエンジン音をあげる。しかし、この巨大な渓谷に重く漂う静寂さをふりはらうには、あまりにも脆弱だ。/でも、僕は、君の言うとおり、冬の気配に満ちたこの峻烈なフィヨルドの方が好きだ。君がこの風景を僕に見せたかった理由も、僕にはとてもよくわかる。君の暮らすノルウェーは、氷河の上に築かれた国。その古代の記憶を僕たちに呼び覚ますフィヨルドは、決して風光明媚な書割りではないからだ……
95年の秋、ノルウェーのソグネフィヨルドを船で遊覧しました。『エッダとサガ』の物語の背景となっているヴァイキングの世界を体験したいと思ったからです。ところが、フェリーボートに揺られているうちに、好戦的で野蛮な民のことなんかすっかり忘れてしまい、「ノルウェーの森」の世界で遊んでいたのでした。これは、その「ノルウェーの森」ソグネフィヨルド・バージョンの序章の一節。
エッダとサガ.jpg
ゾグネフィヨルド.jpg
海岸線を深くえぐるフィヨルド(ノルウェー・ソグネフィヨルド)

cauliflower at 10:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 03, 2004

松井邦雄『夢遊病者の円舞曲』作品社 1982

「世界が至るところで世紀末の腐臭と二十世紀という名の怪物の胎動をともども感じながら、富の拡大と貧困の深化という両極に引き裂かれてなすすべを知らなかった八○年代に、世界中のどこにもまだ大衆の肉体を解放する実りのある手だてがみつかっていなかったこの時代に、なぜ南半球の首都ブエノス・アイレスの港町にタンゴという比類ないリズムの器が出現したのだろうか。/おそらく器をなみなみと満たす感情(センチメント)がそこにはみなぎっていたのだ、としかいうことができない」。
都市は必ずその場所にふさわしい音楽を産み落とすものです。リオにとってのボサノーヴアがそれであるように、パリにはシャンソンが、ナポリにはカンツォーネが、リスボンにはファドが、そしてブエノス・アイレスにはタンゴが。なかでもタンゴは、ブエノス・アイレスの日常(ボルヘス)そのものが形を変えて表出したものです。生きることの労苦を、ダンスで紛らわさずにはいられなかったブエノス・アイレスっこにとって、それは蕩尽であり感情の形式でした。
「タンゴが作り出したもの、それはブエノス・アイレスの貧民たちの、そういってよければ〈宿命の感覚〉ではないか。宿命の感覚とは生の一回性を文句なしに奉ずることである」。(「海と港と漂泊者」『夢遊病者の円舞曲』所収)
松井さんとは生前三度お会いする機会がありました。始めてお目にかかったのがお勤め先である旧TBSの応接室。この時は、原稿の依頼で。二度目はそばの寿司屋に誘っていただいた時。ある編集者と松井さんを引きあわせるために。そして三度目は、松井さん行きつけのタンゴ・バー「ダリ」にて。僕はしこたま酔っぱらって、口笛でピアソラの「Adios Nonino」をやったら、松井さんはトラピチエの赤を一本ご褒美にくれました。結局、それが松井さんとの最後のお別れになりました。
ブエノス・アイレスのボガの地を踏んだのは、それから5年後。タンゴ発祥の地として知られるボガ地区カミニート。そのカラフルな町並みは、よく見るとペンキがはげ落ち壁は今にも崩れ落ちそうな、お世辞にもきれいとは言えないものでした。しかし、その崩壊寸前ともいえる荒廃した雰囲気は、激しさと哀愁がとぐろのように渦巻くタンゴととてもよくあっているようにも思えました。僕は、迷うことなくカミニートでは最も良く知られたタンゴバーに入り、「宿命」と言う名前をもつワインべースのカクテルを注文しました。
夢遊病者.jpg
ボガ地区.jpg
写真は、カミニートの町並み


cauliflower at 16:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

September 24, 2004

アニタ・ポリッツァー『知られざるジョージア・オキーフ』晶文社 1992

ジョージア・オキーフの「青い川」が好きです。縦長のカンヴァスにリオグランデ川を描いたその絵を見ていると、川の流れる音は聞こえずに、かわりに細かな無数の粒子がチリチリ、チリチリと空中を舞う音が響きます。風のささやき、それとも魂の震える音? その音の主を探して、ニューメキシコのタオスを訪ねたのは、92年のことでした。
サンタフェからさらにクルマで3時間あまり、リオグランデ川を遡ったところに、オキーフが晩年暮らしたまちタオスがあります。プエブロ・インディアンの生活圏であったタオスは、全てが茶褐色をしています。粘土をれんが状に積み上げたアドべ様式で建物ができ上がっているからです。その独特の風合いは、エキゾチックでノスタルジック。オキーフばかりでなく、アーティストや作家がその雰囲気に魅了されて、この地にやってきた理由も納得できます。
タオスをうろうろしていたら、中でもひときわ美しい、それでいてモダンなたたずまいのアドベの家を発見しました。それがメーブル・ダッジ・ルーアンの自邸であることは、すぐにわかりました。ルーアンは、アメリカで活躍した美術家のパトロンで、20世紀の初頭にNYでサロンを開いていたのですが、後にタオスへ移り住み、今度はアーティストたちをこの地に呼び寄せたのでした。オキーフもその一人。彼女がこの地を終の住み処としたきっかけをつくったのは、じつはルーアンだったのです。ルーアンの自邸を訪れた者には、D・H・ロレンスの名もあります。彼が描いたペンキ絵がバスルームに残っていました。
オキーフが、どれだけこの地を好んだか、それは彼女が残した夥しい風景画のほとんどが、ニューメキシコであったことからも容易に推測できます。そして、「青い川」です。あのチリチリは、やはりというか当然というか、砂の音だったようです。彼女は、水にすらニューメキシコの乾燥した砂の音階を見てしまった。水蒸気が微細な砂の粒子へと変化していく。そんなことが起るのでしょうか。いや、彼女はそう本当に信じていたのでしょう。サンタフェのファインアーツ美術館に掛けられていた「青い川」から、僕もその砂のざわめきを聞き取ることができました。
彼女の絵が好きでオキーフという人に興味をもつようになりましたが、『知られざるジョージア・オキーフ』は彼女の友人が綴った評伝。彼女の魅力が余すところ無く語られています。
写真はメーブル・ダッジ・ルーアン邸

ルーアン.jpg
オキーフ.jpg

知られざるジョージア・オキーフ

cauliflower at 00:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 27, 2004

長尾智子『長尾食堂』マガジンハウス 1999年

黒パンにたっぷり塗られたバター。でも、よく見ると焦げ茶色の粒々が混ぜ込んであるのです。さっそく、一口いただいてみると、おやっ、何やら懐かしい味が……。「ふふふっ、それ、黒砂糖、美味いでしょ?」 いや、とっても美味しいっす。寒い国でできる乳製品と暑い国でできる砂糖のマリアージュ。その不思議な風味は、奇想天外かつ絶妙です。
長尾智子さんの料理は、いつもこんな風に唐突に登場します。そして、いつのまにかみんな長尾ワールドでほっぺたが緩みっぱなしになってしまうのです。今日は、ひさしぶりに長尾智子さん宅にお邪魔しての撮影でした。黒砂糖バターは、撮影の合間さっとつくったいわば賄い料理。本ちゃんはもっとすごいアイデア料理ですが、残念ながら企業秘密で紹介できません。あしからず。
長尾さんの料理は、モダニズムの建築のようにシンプルでしかも驚くべきアイデアが隠し込まれています。男性に熱烈なファンが多いのも頷けますね。そんな長尾智子の世界観が、世に知れ渡るきっかけとなったのがこの一冊。ごま、さくらえびなどの乾物、じゃこ、水菜といった長尾さんの偏愛する食材は、すでにここでもバンバン使われています。ちなみに、僕は「たけのこと豆腐のじゃこピリ辛焼き」に「さくらえびのまぜごはん」をつくって家族に好評でした。
長尾食堂
長尾食堂

cauliflower at 23:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 13, 2004

大浦みずき『バック・ステージDIARY』小学館 2002年 他

イラストレーターの阿部マリー(真理子)さんに誘われて、大浦みずきさんの舞台生活30周年記念「dream by dream」を見てきました。大浦みずきさんを初めて見たのは83年の宝塚花組公演「メイフラワー」。同じ年にバウシアターでやった「アンダーライン」という小さな作品も見ました。探偵レナード・バレル役があまりにカッコよく、気がつけばムラ(宝塚大劇場)にまで足しげく通うようなファンになっていたのです。彼女の本名はなつめさん。虜になった僕は、なつめにちなんだペンネームまでつくってしまいました(「仁王立ち倶楽部」になつめひろみ名義でダンス批評を連載していたのは、私で〜す)。
さて、公演はというと、まずしょっぱなから宝塚時代のメドレー。なつめファンには号泣ものの憎い企画です。得意のタンゴはさらに磨きがかかりやはりダンスはこの人しかいないと妙に納得してみたり。最近の舞台から、特に「レミゼラブル」から二曲を歌い会場を魅了しました。とにかく全編なつめさんの歌と踊りがてんこもり。往年のファンにはたまらない夢の一夜になりました。阿部マリーさんのはからいで楽屋にお邪魔し、僕は握手をさせてもらっちゃいました。もう一生右手は手洗わないぞ。
終演後、阿部さんの友人でいらっしゃるエッセイストの阿川佐和子さんたちも一緒になって、楽しくなつめさんの話をしました。阿川さんは、なんとナッチー(なつめさん)とおんなじ小学校の同級生だったんですって。
というわけで、今日はなつめさんのエッセイとご尊父でいらっしゃる坂田寛夫さんが宝塚の創始者小林一三の生涯を綴った『わが小林一三』を紹介しましょう。一目でおわかりのように、『バック・ステージDIARY』の表紙は阿部マリーさんのイラスト。挿し絵もすべて彼女が担当。とても楽しい日記風のエッセイ集です。酒田寛夫『わが小林一三』(河出書房新社、1983年)の方は、財界人としてはきわめて個性的な存在であった小林一三の、とりわけ少女歌劇という世界に類のない芸能を生みだした心性にスポットを当てた評伝。

バックステージ
わが小林一三

バック・ステージDIARY

わが小林一三―清く正しく美しく

cauliflower at 11:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

May 28, 2004

『山口昌男山脈』no.4  国書刊行会 2004

山口昌男先生にお会いしました。じつに17年ぶりです。前にお会いした時は、丸一日東京を移動しつつのインタビューでした。新宿で待ちあわせて、市ケ谷へ移動し、○万円の講演会をタダで聴講し、再び地下鉄を乗り継いで渋谷へ。センター街の鰻屋で大ジョッキのお代わりをした時には、すでに日はとっぷりと暮れていましたっけ。挨拶代わりに、その話をしたのですが、先生はすっかり忘れておられました。ご病気をされてからは、訪ねてくるものは誰構わず「知の迷宮巡り」に引っ張り出すということはさすがになくなったようですが、「血(知)の巡り」のよさはあいかわらずです。楽しい時間を過ごさせていただきました。帰りがけに『山口昌男山脈』の話をしましたら、奥さんが最新号が出たのよと一冊持ってきてくれました。これは『内田魯庵山脈』にならった山口先生の個人誌です。そういうつもりで言ったわけではなかったのですが、ちゃっかり頂戴しちゃいました。
『山口昌男山脈』で思い出したのですが、no.1に収録されている「寺山修司の挑発力」という鼎談で、その昔『地下演劇』という雑誌で山口先生が芥正彦さんと対談をしたと話しています。この芥さんという人は、じつはとんでもない怪人で、ある時座談会に参加するのですが、終始他の参加者の話を無視して一人でずっとしゃべり続けていたというのです。編集をした榎本了壱さんが困ってしまい、結局ページを上下に分けて上段で座談会、下段で芥さんのモノローグという二元放送でまとめたと。なるほど、そういう手があったのか。僕も時々とんでもない座談会をまとめることになって、煩悶することがあるのですが、今度からこの手を使おうと思いました。
さて、右がその『地下演劇』。このno.4、ついに丸ごと一冊芥正彦さんのモノローグでつくってしまった問題作。640ページという分厚さに文字数が100万字以上(あんまりびっしり入っているので数えられません)入っています。芥さんの雑誌じゃないのに(寺山さんの雑誌)、芥さんの個人誌にしちゃったわけです。なるほどこんな手もあったのか。今で言えば芥正彦造山運動!!

『山口昌男山脈』no.4  国書刊行会 2004
『地下演劇no.4 ホモフィクタス』地下演劇社 1971

山口昌男
ホモフィクタス
山口昌男山脈〈No.4〉

cauliflower at 00:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

April 02, 2004

ピエール・クロソウスキー『かくも不吉な欲望』現代思潮社 1977年

ニーチェの『悦ばしき知識』論に始まり、「…われわれのあいだで性交と呼ばれるものは、神々における存在の明白化への必然的な参加にほかならない」という「ニーチェと多神教とパロディ」で終わる、ニーチェ的永遠回帰を身に纏ったクロソウスキーの論文集。なんといってもこのタイトルがいいですね。「光に対する みじめな者どもの かくも不吉な欲望は何なのか?」というヴェルギリウス『アエネーイス』第六巻からの引用。身体の内奥から込み上げてくる、痛ましくも悦楽に痺れる霊的な欲望。それ自体が表現されているようで、一度でもそれを口に出すともう忘却することはできなくなります。腐りつつある肉体が、新たな光を求めて天上界へと昇ろうとする時、魂は純化されるといいます。おお、ここにあるのは、自己腐敗へと緩慢に移行する時の「暴力性」が光速で降りかかる陽光と一瞬にして交わす魂の性交! なんと優美で下劣な行為よ。
かくも不吉な
ピエール・クロソウスキー『かくも不吉な欲望』現代思潮社 1977年
かくも不吉な欲望

cauliflower at 12:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 26, 2004

マルグリット・デュラス『アンデスマ氏の午後/辻公園』白水社 1963年

浜崎あゆみのファンの恐ろしいところは、どの歌も常に「私ひとり」に向けられたメッセージだと受け取ってしまうことです。ファンは100万人もいるけれど、どのファンとも、あゆは常に1対1で向かいあっている。つまり、あゆが100万人いるのと同じなのです。ところが、デュラスのファンはというとやっとこさ1000人いるかどうか。でも、ファンの人たちのこころには、同じ一人のデュラスが棲んでいます。デュラスの良さを知ってもらえる友がいることはうれしいけれど、自分だけしか知らない人であってもほしいという、アンビバレントな気持ち。ファン心理というのは、ほんとはこういうものですよね。あゆが100万人いても……、ねぇ。と、これは香山リカさんがある本で書いていたことです。しかし、ほんとうにデュラスのファンって1000人しかいないのか? 
デュラスとの最初の出会いは、『モデラート・カンタービレ』でした。ご存知のようにこれは、後に映画化されましたが(『雨のしのび逢い』)図書館で借りてきて、かなりベケットがはいっているぞと思ったものです。もちろんだからこそデュラスを好きになったわけですが。さて、『アンデスマ氏の午後/辻公園』も、やっぱりベケットが入ってます。それも、かなりてんこ盛り。とにもかくにも対話、対話、対話。対話がどこまでも続いていき、語り続けながらプツリと終わってしまいます。「アンデスマ氏の午後」も、「辻公園」も。いったいこれから、どう展開するのだろうか、と期待を抱かせておきながら、最後はプツリ。これって、普通の小説の技法ではないですよね。でも、それこそがデュラスの、いや同時代のヌーヴォ・ロマンに共通する小説世界でした。今、こういう小説を面白いと思う人は、さて1000人もいるのでしょうか。
アンデスマ氏
マルグリット・デュラス『アンデスマ氏の午後/辻公園』白水社 1963年

cauliflower at 08:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 14, 2004

岩井寛(口述)、松岡正剛(構成)『生と死の境界線』講談社 1988

1986年5月22日未明、精神科医・岩井寛さんは55歳の生涯を終えました。ニューロ・エンドクライノーマ(内分泌性)のガンによるものでした。この本は、岩井先生(構成者である松岡さんは、本書で一貫してそう呼んでいます)が永眠される最後の最後まで死と向かい合いつつ、死を受け入れながら、死と対話し続けた、岩井先生本人による口述の記録です。われわれはよく死と闘う、ガンに打ち勝つという言い方をします。しかし、死とは決して闘う相手ではなく、生の延長上にある自分自身にほかならない。ガンにおいてすらそうなのです。それはどんなに悪さをしようが、自らの細胞にはちがいないのです。死は生とともにあるものなのだということを本書を読んで知りました。
それにしてもすさまじい本です。病室で声を失ってなお伝えようとする本人の意思をなんとか言葉にする。意識、記憶が混濁し、ほとんど意味不明な音素に解体した声ならざる声。それを一つの文脈へ配置していく。ほんとうに、ここから後は「死」であるという縁の縁まで、そのぎりぎり寸前まで、二人の対話が続けられるのですから。単なる告白録でもましてや闘病記でもない、「実験書とでもいうべき」ものと松岡さんが述べているように、おそらく世界のどこを見渡しても、類書を見つけ出すことは不可能でしょう。
本書のもうひとつのすごいところは、病態が悪化していく段階ごとに、紙の色が変わっていることです。こんなアイデア誰が思いつくでしょうか。その革新性うんぬんよりも、著者との深い信頼がなければそんなことはやれませんし、やってはいけないことです。しかもその色が桜色から菫色へ、そして桃色へと変わっていくのです。杉浦康平さんだからこそできた仕事だと思います。
岩井寛(口述)、松岡正剛(構成)『生と死の境界線』講談社 1988年

生と死

cauliflower at 09:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 12, 2004

四谷シモン『シモンのシモン』イザラ書房 1975年

東京都現代美術館で開催されている「球体関節人形展」に行ってきました。押井守監督『イノセンス』の公開に先駆けて、重要なモチーフになっている「人形」にスポットをあてた展覧会。20人近い作家の人形が170点以上展示されたことは過去に例のないことだそうです。四谷シモンの人形たちも、特別に一部屋与えられていました。ほんとは、ほかの人形なんかどうでもよくて、シモン・ドールを見るのが目的でしたから、この部屋に入った時は、感極まっておもわず嗚咽。とても恥ずかしかった。おやじのすることじゃないですよね。それにしても、ゴスロリが多かった。あの娘たちは、入り口のベルメールの写真も、シモンさえも目に入らなくて、ひたすら恋月姫の残虐、エロス、内臓、奇形ばかりにキャーキャーいって、ばかみたい。
さて、球体人形にちなんで、とっておきの一冊を紹介しましょう。四谷シモンの処女作。詩とエッセイと画集、それと金子國義さんとの対談。とくに画集は、勃起したペニスや女性性器ばかりが描かれていて嗚咽ものです。表紙がレモンイエロー。見るからに鮮やかで、シモンのドイツ少年を彷彿させます。かなりの稀覯本です。
四谷シモン『シモンのシモン』イザラ書房 1975年
シモンのシモン

cauliflower at 01:03|PermalinkComments(0)TrackBack(1)

March 06, 2004

フェリックス・ガタリ『カオスモーズ』2004

1992年の1月、ガタリさんと直接お話をする機会がやってきました。ちょうどコミカレの招聘で来日された時です。主催者のはからいで、僕たちが企画したガタリさんの対談が実現したのです。お相手は大澤真幸さん。対談はある広告代理店の会議室で行われました。ガタリさんが部屋に現れた時、たいそう驚きました。なんともステキでオシャレなおじさんだったからです。あとからガタリさんがある有名企業のご子息であることを聞いてようやく納得できました。でもその時は、あの過激で難解なエクリチュールが目の前にいる粋でダンディなおやじの頭と手から生まれたものとはとうてい想像がつきませんでした。それはともかく、対談はとてもアグレッシヴで有益なものになりました。会場を去る間際にガタリさんは大澤さんにこう告げました。「パリに着た時にはどうぞ気楽に連絡をして下さい。われわれの対話を終わらせないためにも」。しかしそれは二度と実現することはありませんでした。ご存知のように、ガタリさんはその年の8月帰らぬ人となったからです。「カオスモーズ」は、その対談の主要なテーマでもありました。カオス(渾沌)とコスモス(宇宙)とオスモーズ(浸透)を一つにした造語。カオスへ向かって身体を開いていくことは、同時に身体というミクロコスモスに、コスモスを内包していくことでもあります。そのクラインの壺のような相互浸透の場が、われわれがめざすべき身体であり社会であると。そして11年後の今年、『カオスモーズ』の翻訳がようやく出版されました。
カオスモーズ

cauliflower at 23:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

February 26, 2004

福本義裕『殺人者の科学』作品社 1987

「「殺し」は生体機械が生存する上での重要な技術である」という認識に基づいて、「殴る」「締める」「切る」「射つ」「盛る」「仕掛ける」…、と人間の戦闘行動の進化に沿って分類し、懇切丁寧に[殺し方」のいろはを図解したユニークかつアブない本。じつは著者から謹呈していただいたものなんです。というのも、著者の福本さんとは、松濤の秘密結社k舎在籍時代の友人。わずか1年足らずでk舎を脱藩した彼は、当時ビニ本といわれたエロ雑誌の業界でエディター&ライターとして頭角を現し、気がつくとこんな本をつくる偉〜い(?)人になっていたのでした。「対人戦闘行為の系統図」とか「武器進化の系統図」とかやたらとチャートが多いのは、もしかしてブックデザインを担当した戸田ツトムさんのアイデアでは。シルバーメタリックと黒ベタの多用は明らかに武器のメタファーですが、今、こういうことをやったら完全にウキますね。やはり、その意味で内容もさることながら、デザインも80年代だからこそできた本なのかもしれません。ちなみに、現在エロマンガ、オタク評論で大活躍の永山薫さんが、福本義裕さんその人です。
福本義裕『殺人者の科学』作品社 1987
殺人者の科学

cauliflower at 00:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 30, 2004

小川洋子『博士の愛した数式』新潮社 2003年

『ユリイカ』2月号の表紙裏に僕の編集している雑誌の広告が載りました。当初、昨年秋に出稿する予定でいたのですが、諸般の事情で遅れてしまったのです。しかし、それは僕に大変な幸運をもたらしたのでした。2月号の特集が「小川洋子」だったからです!! 『完璧な病室』が決定的でした。「死に至る病い」好きには、このテーマはたまりません。で、最新刊は記憶が80分しかもたない老数学者と家政婦とルートという息子の「数」が紡ぎだす現代のおとぎ話。「素数」好きには、このテーマはたまりません。
小川洋子『博士の愛した数式』新潮社 2003年
博士

cauliflower at 00:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 19, 2004

アレン・ギンズバーグ『ギンズバーグ詩集 吠える』 思潮社1965年

発狂詩人カール・ソロモンに捧げられた詩。というよりも、ほとんど慟哭。なんの飾り気もなく、感情が一直線に身体を貫き、ありったけの言葉をたぐりよせて飛び出してきた、そんな感じ。もちろんリアルタイムでそれを読んだわけではありませんし、ましてやギンズバーグ自身のポエトリー・リーデングに立ち会ったわけでもありません。でも、これを読むと聞こえてくるんですね、ギンズバーグの声が。
92年にメキシコ経由でキューバへ旅行しました。その時なぜだか飛行機の中で「吠える」を読むんだと決めていました。バークレーに行った時も、ベナレスに行った時もそんなことは思わなかったのに。僕にとってのビートニクが、なんでハバナなのか、いまだに自分自身でもわからないのです。でも、やっぱりギンズバーグ!
アレン・ギンズバーグ『ギンズバーグ詩集 吠える』諏訪優訳編 思潮社 1965年
Ginsberg

cauliflower at 19:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 13, 2004

笠井叡『天使論』現代思潮社 1972年

川崎市岡本太郎美術館で開催されていた「肉体のシュールレアリズム 土方巽抄」の最終日。笠井叡さんがそのフィナーレを飾るために、土方巽の著作『美貌の青空』をタイトルにした公演を行いました。土方さんに剥製の後頭部を持つ舞踏家と称された笠井叡さんは、今もって舞踏を進化させ続けているただ一人のダンサーだと僕は思っています。今日の公演も、そんな笠井さんの舞踏が爆裂したすばらしいものでした。僕が笠井叡さんのダンスを始めて見たのは73年。その舞踏思想に触れたくて手に入れたのが『天使論』でした。「恩寵否定」「肉体の錬金術」「無感動的反復」といったエソテリックな言葉が次々と飛び出してきて、僕の頭の中は爆発寸前の状態になりました。そして、その時から僕は笠井さんの愛の奴隷になったのです。ん?!
笠井叡『天使論』現代思潮社 1972年

天使論.jpg

cauliflower at 00:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 10, 2004

宮川淳『紙片と眼差とのあいだに』エディション・エパーヴ 1974年

エディション・エパーヴの本はとてもきれいでした。だから、同じエパーヴ発行の清水徹さんの著作も豊崎光一さんの著作も持っています。みんなこれと同じ装丁。どれも気がついた時にはすでに僕の本棚の一角をしっかり占拠していました。とはいえ、やはり宮川淳さんです。「《表面》について考えながら、たとえば表面とそのさまざまな派生的な表現について、表面、表面的、表面化する……。」という言葉で始まる「ルネ・マグリットの余白に」を始めて読んだ時の衝撃。テキストを読み、解釈し、考えるということがある場面ではまったく無意味だということを、宮川さんのテキストを読み、解釈し、考えることで知ったのです。意味と無意味は背中合わせという事実。有意味という無意味。無意味という有意味。マグリットのパイプこそ、その中間で宙吊りにされている! そういえば、その後しばらく、「……の余白に」というのがマイブームでしたねぇ。
宮川淳『紙片と眼差とのあいだに』エディション・エパーヴ 1974年
宮川

cauliflower at 21:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 05, 2004

チャールズ・A・ライク『緑色革命』

十数年ぶりにこの本を開いてみてつくづく思いましたね。自分で言うのもなんですが、僕こそ、生粋のカウンター・カルチャー世代の申し子だったなぁと。この本で著者はアメリカで生まれた新しい変革の胎動を「意識III」による精神革命と位置づけました。「意識III」という単語が出てくる箇所には、片っ端から朱の色鉛筆でマーキングしてありました。ほとんど取り憑かれるように「意識III」を目指していた自分がまだそこには生き続けているみたいで、ちょっと恥ずかしい。
チャールズ・A・ライク『緑色革命』早川書房 1970年
緑色

cauliflower at 19:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 03, 2004

現代思潮社版『稲垣足穂大全』全6巻 1970年

稲垣足穂との出会い。それは僕にとってまさに僥倖ともいえる出来事でした。宇宙と実存、抽象と幾何学、宗教とセックス、そして、少年と機械。それらがクラインの壺のごとく連関しあいながら一つの観念世界を形成する。あらゆる物質は等しく一切が折り畳まれた状態としてそこにそのように存在する。既にして物質とは存在学的な存在なのです。であるとすれば、われわれの成しうることとはなんでしょうか。もはや虚焦点ともいえる世界の一点に向かって退縮していくことだけです。量子論的実存的仏教的シュールレアリズム的刹那。僕は、稲垣足穂から生きることのすべてを学びました。と、同時に死んだあとのことも。
足穂の最高傑作『弥勒』のなかで天空にかかる地球(!)を思い浮かべながら江美留はこう言ってのけます。「…曾てわれわれがせアゼンスの街で星を仰いで語り合ってから、そうれ、ここにちゃんと出ている。五十六億七千万年の時が経っているのです。弥陀の声が筬のように行き交うている虚空の只中で、この銀河系は何十回も廻転しました。地球なんか勿論とっくに昔に消えてしまった。若しあの黄色の星が地球なら、それは何代目かの子孫--いやまったく別な、新しいきょうだいなのだ、と云うべきです。」

現代思潮社版『稲垣足穂大全』こそ正真正銘僕の宝物です。

稲垣

cauliflower at 21:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 01, 2004

林達夫×久野収『思想のドラマトゥルギー』平凡社

学生時代粉川哲夫さんの授業をとっていました。といっても、粉川さんは現在教官をされている前のさらにその前の大学で、まだ常勤講師という肩書きでした。粉川さんの講座は現象学。しかし、フッサールやメルロ=ポンティなどはまるでやりませんでした。現象学とは能動的なレクチュールの方法の学だというのが粉川さんの持論。文化解読にとって有効性があるから現象学をやるわけで、アクチュアリティを失った哲学の一分野としての現象学などまったく意味がない、とすら言っておられました。という粉川さんの選んだテキストがこれ。現象学ということばは一回も出てこない対談集。ですが、文化を能動的に理解することとは、文化そのものにかかわることであり、文化を読み替えつくり変えていくいことだということが二人の小気味よい対話から読み取れます。粉川さん的には、現象学でまったくOKというわけです。これってある意味カルスタって感じもしますね、今読むと。
林達夫×久野収『思想のドラマトゥルギー』平凡社 1974
思想のドラマ

cauliflower at 21:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

December 26, 2003

ノヴァーリス『ノヴァーリス全集』牧神社 1976年

世界の一切は、さまざまな結合と遭遇との出会いによって生成(うま)れるのです。その瞬間が快感であり、陶酔です。僕は今すべてを捨てて、山に入ろう。そして、大地の霊と交歓するのだ。
「時に星が人間であり、またたちまちにして人間が星であった。石が動物になり、雲は草木であった。」
「ザイスの学徒」を読み終えた時のあの高揚感を一生わすれることはないでしょう。僕はすっかりりっぱな鉱山技師になっていたのですから。そして傍らには愛しきゾフィーが…。
『ノヴァーリス全集』牧神社、1976年

ノヴァーリス

cauliflower at 00:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

December 23, 2003

『キッチュ まがいものの時代』

『遊』がまだオプジェマガジンと名乗っていた第1期の編集者、松岡正剛と上杉義隆に美術評論家の石子順造が加わって制作された「キッチュ」づくし。キッチュと思しきものを片端からコレクションした図像と、キッチュとまじめに向かい合った論文ががっぷりよつで対峙するという奇っ怪このうえないこの本を古本屋で見つけた時は狂喜乱舞しました。松岡さんと『ガロ』系の石子さんが一緒に編集しているというのも興味深々。ですが、なんといってもあの杉浦康平さんが俗悪趣味に徹したデザインをしているというところが見物です。
『キッチュ まがいものの時代』ダヤモンド社、1971年
キッチュ

cauliflower at 00:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)