マガジン

January 07, 2009

ホテルラフォーレ東京のスイートルームで対談

朝  七草がゆ、ミネストローネ、たくわん/コーヒー(ブラジル/マカウバデシーマ/セミウォッシュト)
昼 鶏牛蒡ピラフ・目玉焼き、コーンスープ/コーヒー(ハッピーホリディ)
夜 京彩季盤(季節冷菜 懐石風盛り)、皇蟹焼小翅、タラバ蟹とふかひれの煮込み、芦筍鮮明蝦
車海老とアスパラの炒め、双冬紅牛肉、牛肉のやわらか煮 椎茸・筍添え、北京填鴨、油淋菜鯛魚
鯛の特製ソース、砂鍋茹飯、きのこの煮込みそば、美味甜二点、デザート二種/生ビール、紹興酒/中国理料理「北京」
ジェイムスン、
晴れ、曇り
6時50分起床。午前中自宅作業。お昼をうちで食べて午後出社。表紙関係の再校が出た。色がだいぶ落ち着いてきた。デザイナーのKさんに宅配便で送る。弊社HPをアップするため作品の素材を同封したところ、まちがって色校を全部入れてしまった。まったくドジである。夕方少し早めに出て品川から京浜急行で北品川へ。ここからだと3分と案内に書いてあったので。駅前に第三北品川病院。僕が、骨髄炎で入院手術した病院。3分ではつかなかったが、なるほど品川から歩くよりはぜんぜん早くついた。続きを読む

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June 06, 2004

『エピステーメーII 0号』第2期 1984年 朝日出版社 ほか

いったん終刊したのですが、1984年に『エピステーメー』は復刊しました。といっても、4号で再び長い眠りに入るのですが。この第2期というのが、また世の常識を破壊するメガトン級の危険物でした。読者に媚びないおもねない、というか「読めるなら読んで見ろ」と読者を恫喝するエディトリアルデザインでカリスマ的人気を獲得した戸田ツトムさんと鈴木一誌さんも、この第2期の『エピステーメー』の杉浦康平さんからみれば、ひよっこ同然でしょう。杉浦さんは「読めるなら読んで見ろ」とは決して言いません。ただ、「あなたはこれが読めなければいけない」と諭すのです。受苦、パッション、忍従を強いるデザイン。その意味で、『GS』より、第2期『エピステーメー』はよりフランス現代思想的(!)でした。ところで、ここに並んでいる2冊は?、じつは、この三冊とも編集長が同じ人なのです。中野幹隆さん。知る人ぞ知る名編集者。今は、哲学書房の代表でもあります。中野さんの辣腕ぶりは夙に知られていますが、なんといってもすごいのは、現代思想=難解というイメージを紙面にそのまま反映させたことにあります。現代思想なんてホントはあきれるほど分かりやすいものなんですが、中野さんが杉浦さんや鈴木さんにデザインを頼んだばかりに、現代思想が理解不能なものになってしまったのです。現代思想は難しいんじゃなくて、単にデザインがすごすぎて読めない、ただそれだけのことだったんです。今、現代思想離れが深刻です。この凋落ぶり、中野さんのせいだとは言いませんが、もう少し普通の、常識の、当たり前の文字組みで読者に提供してくれていれば、こんな状況にはならなかったと思うんですがねぇ。
左より『エピステーメーII 0号』第2期 1984年 朝日出版社、『季刊パイディア』第11号(AD=杉浦康平) 1972年 竹内書店、『季刊 哲学』創刊準備号 1987年 哲学書房(AD=鈴木一誌)

エピス第2期パイディア
季刊哲学


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June 05, 2004

『エピステーメー』創刊準備号 1975年 朝日出版社

『エピステーメー』は、フランス現代思想オタクのコレクターズアイテムといっていいでしょう。ミッシェル・フーコー/白井健三郎訳「エピステーメーとアルケオロジー」、蓮實重彦「ディスクールの廃虚と分身」の2本の論文が収められた本誌には、次号(創刊号)より始まる連載が奥ゆかしく、しかし自信たっぷりに紹介されています。呉茂一「古典へのチチェローネ」、小尾信爾「進化する宇宙」、氷上英廣「ニーチェの気流圏」、渡辺格「人間の終焉」、グスタフ・ルネ・ホッケ/種村季弘訳「絶望と確信」、荒井献ほか訳「ヘルメス文書」、廣松渉「マルクス・エンゲルスの思想圏」。そして記念すべき創刊号の特集は「記号+レクチュール」。フランス現代思想の専門誌というよりは、大森荘蔵さんがビックバンを起した雑誌として僕の中では長く記憶されることになるのです。『エピステーメー』のもう一つの特徴は、杉浦康平さんのグラフィックデザインがやっぱり大爆発を起したことでしょう。すでにこの準備号からしてすごかったのですから。ご覧のように、全て左側のページにはテキスト、右側には○×△□の有名な女性像が裁ち落としで載り、しかもペラペラまんがのように大から小へ大きさを変えながら、反時計回りに移動していくというものでした。全ページ見せられないのが本当に残念です。古書店で見つけたらぜひぱらぱらとめくってみて下さい。でも、間違ってもこのグラフィックはなんのため? なんて思っちゃダメですよ。

『エピステーメー』創刊準備号 1975 朝日出版社
圧倒的に無意味なページネーションが炸裂します。

エピス創刊
エピス中
エピス中2


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May 29, 2004

『PRESS 東京おとなクラブ増刊』東京おとなクラブ 1984

中森明夫さんが編集していた『東京おとなクラブ』の増刊号。ページを開くと、ババーンといきなりこんな見出しが飛びだしてきます。「浅田彰、フライングパイレーツに乗る」。「アッキラくん、あそびましょ」という感じで始まるこの記事、要するに、アッキラくんこと浅田彰さんを豊島園に誘い出して、フライングパイレーツにのっけてインタビューするという企画なんですね。アッキラくんはジェットコースターは高度資本主義的だけれど、フライングパイレーツは封建主義的な遊びでつまらないです、なんてちゃんとそれらしいコメントを述べてお茶を濁してますし、ほんとこの時代の気分がよ〜くあらわれています。しかも、ソフトクリームをなめているアッキラくんのスナップ写真付き。でも、この雑誌の白眉はなんといっても戸川純さんの特集。ちょうど「玉姫様」が発売されて、新人類世代(死語の死語)のハートをがっちり掴んで、ノリノリ(死語の死語のさらに死語)の頃でしたから、その記事が目に入って思わず買ってしまったんでしょう。中森さんのインタビューがじつに気が利いていて面白いのですが、新宿の母票原すみ子(ママ)が戸川純さんの手形を見て将来を占うというコラムがあったりカットは丸尾末広だったりと、編集もいいとこ狙ってます。(注…票原すみ子は栗原すみ子の誤植か、それともウソ?)ほかには、今は和光大学の先生になってしまった野々村文宏さんや朝日新聞で書評もやってる山崎浩一さんなどが寄稿。執筆陣はなかなかゴーカですが、なんと岡崎きょうこ(ママ)が8コマまんがを描いているというのは特筆ものですね。
というわけで、『裏玉姫 戸川純とヤプーズ』カセットテープ版(YEN/アルファレコード)も一緒に紹介しましょう。84年2月19日ラフォーレミュージアム原宿でのライブを収録したもの。この「玉姫様」は最高にいいですよ。
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『裏玉姫 戸川純とヤプーズ』カセットテープ版(YEN/アルファレコード)
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April 21, 2004

『DECODE』Premiere Edition東邦出版 1982年

見せられないのが残念ですが、ガンダレ仕様の表紙裏にいきなりディヴァインのポートレイトがサイン入りで載っているこの雑誌、なんだかわかりますか。たった1号で世の中から消えてしまった、ニューウェーヴでラディカルで超ポップなオカルトマガジンなのです。トビラのリードにはこう書かれていました。「文化価値を定位させることなく加速し続けることの宿命……その中に現代文化の原理的中核としてのオカルト衝動が伏在する。(…)それら霊的ボルテージは、現代文化の最も先鋭化されたカルチャー・ニューウェイヴの中に検証可能である。いや、少なくとも現代文化に伏在するオカルト衝動とは、規格化された文化価値の中にエンコードされた情報から、デコード(解読)へという能動的な掛け橋を提起しているのである」。今見ると、Webがまだ軍事用のインフラでしかなかった80年代の初頭に、ペーパーメデイアでサイトを立ち上げたという感じ。執筆陣には、阿基米得、武田洋一、浅井雅志、美沢真之助、法水金太郎といったアングラ、オカルト系のライターにまじって、四方田犬彦も「皮膚・汚辱・恐怖」なんていうおぞましいエッセイを寄稿しています。また、ロットリンガーのジャック・スミスへのインタビューという、ヒップこのうえない記事まである! しかし、なんといっても、この雑誌のフィクサーはといえば、あの武邑光裕なのですね。G・I・グルジェフのオタクは、絶対持っていなければいけない一冊でしょう。
DECODE

『DECODE』Premiere Edition東邦出版 1982年

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April 12, 2004

『ドラキュラ』創刊号 新樹書房 1973年

じつは、『月下の一群』が創刊された経緯は、この季刊『ドラキュラ』が創刊と同時にあっけなく休刊になってしまったからです。つまり、『月下の一群』は『ドラキュラ』の文字どおりの復活劇だったのです。そもそも編集後記に「出来ることならば、これを読物(マガジン)とせず、闇一門の武芸帳として、腰にぶらさげ、照る日曇る日、「会」の血風をあおられんことを願います」と唐十郎が書いたからいけないんですよ。きっと読者は本気にしてしまって、もはや雑誌の時代ではないと、早とちりしてしまったに違いありません。
それはさておき、この表紙はどうですか。『月下の一群』とは比較にならない迫力でしょう。ファンならハハーンときますよね、そうです中村宏画伯のイラストレーションなんです。セーラー服と機関車、あまりにベタな取りあわせ。でも、好きですよ、僕は。コンテンツには、「特集 血をあびるダンディズム」とあり、足立正生の「最新約聖書 ネゲブ砂漠の神」、若松孝二の「カンコクれぽーと 日本流血列島の記」という連載、「東亜の快楽構造をめぐって 姫か少年か!?」唐十郎と沼正三による対談が掲載されています。また、赤瀬川源平と南伸宏の「充血鬼マラキュラ」という傑作も。30年もたったので、そろそろ棺桶から三度目の復活をなさってもいいんではないでしょうか。
ドラキュラ
『ドラキュラ』創刊号 新樹書房 1973年

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『月下の一群』創刊号 海潮社 1976年

『血と薔薇』でピエール・モリニエの名前を知ってしばらくたってから、四谷シモンがやはりモリニエを敬愛していることを知りました。「つつしみぶかさのないことについて」と題された写真構成によるページに「ピエール・モリニエの方へ」というサブタイトルをつけて発表していたのを偶然発見したからです。その雑誌こそ、唐十郎編集による3号雑誌『月下の一群』でした。もっとも、3号すら発行できずに休刊してしまいましたが。
さて、創刊号の特集は「人形 魔性の肌」。澁澤龍彦と唐十郎による往復書間「下降の水路をたどるゴンドラ」、赤瀬川源平の「肉天体の原理」という二つの意味深長な文章が掲載されていました。その後僕が責任編集をすることになるミニコミ誌『アルンハイムの地所』は、「死は旅であり、旅は死である」というバシュラールの言葉に導かれて、夢としての冥界を彷徨うというものでしたが、この二つの文章から強い霊感を受けたものでした。
巻末には長編戯曲「下町ホフマン」が載っています。そういえば、この芝居を下北沢の本多劇場予定地(!)の赤テントで見たことを今思い出しました。
月下の一群
『月下の一群』創刊号 海潮社 1976年

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April 11, 2004

『血と薔薇』創刊号 1968年 天声出版

昨年『血と薔薇』が、3冊セットで復原(復刻)されました。じつに四半世紀ぶりの快挙です。しかし、僕のは正真正銘68年発行のオリジナルです。定価は1000円、IBM6133と奥付にあります。どれもかなり傷みがひどいのですがちゃんと3冊持ってます。実際には3号でいったん休刊になり、その後4号として復刊されました。これは題名こそ同じですが、似て非なるものなので持っていません。
なぜ僕がこの雑誌を買ったのかというと、「男の死」という特集のグラビアに惹きつけられたからでした。「聖セバスチャンの殉死」と題された三島由紀夫をモデルに篠山紀信の撮り下ろした作品。また、「サルダナパルスの死」は、本誌編集長の澁澤龍彦自らがモデルになって、奈良原一高が撮り下ろした作品。さらには、唐十郎、土方巽、三田明がモデルで、深瀬昌久、早崎治、細江英公が撮り下ろした作品も収められています。なんとも豪華でしょう。もちろん豪華なのはグラビアだけではありません。特集が他に、「吸血鬼」「苦痛と快楽」「オナニー機械」と4つもあって、澁澤龍彦はもちろんのこと、稲垣足穂、埴谷雄高、種村季弘、塚本邦雄、加藤郁呼、植草甚一というビッグネームが執筆者に名を連ねているのです。当時ほとんど知られていなかった、ピエール・モリニエやクロヴィス・トゥルイユなんていう画家を紹介したのもおそらく本誌が最初だったと思います。
血と薔薇
『血と薔薇』創刊号 1968年 天声出版

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